ストレスフリーな生き方・働き方 ~能力を最大限に引き出す日々のルーティン~
現代を生きる私たちは仕事やプライベートに何かしらのストレスを抱え、もはやそれを当然のことと考えている。
しかし、このまま無防備にストレスを受け止め続けていいのだろうか。
精神医学や心理学、脳科学の観点から〝ストレスフリー〟を提唱する精神科医・樺沢紫苑氏に、ストレスに対処するための日々のルーティンを伝授してもらった。
Text:Natsuko Sugawara
Photograph:Keisuke Nakamura
タイトル写真:赤城自然園
昼間は精力的に働き、夜はリラックス
オン・オフの切り替えでストレスフリーに
ストレスはゼロにせず上手に付き合う
今や「ストレス」は私たちにとってあまりに身近で、仕事に人間関係に常につきまとうものである。しかし、その実体は何なのだろうか。
日頃から何の気なしに口にしているストレスという言葉。
精神科医の樺沢紫苑氏に、まずはその定義をうかがった。
「大まかに言うと、外部からの刺激によって心や体に生じる反応のことです。
一般的には精神的な圧迫や緊張からくる〝悪いもの〟というイメージが強いと思いますが、実は〝ストレス=悪〟というわけではありません。なぜかというと、外的な刺激がなくなると脳の活動も体の活動も低下してしまいます。
例えば、会社を定年退職したあとは認知症のリスクが高くなる。ストレスはゼロでも良くないんです」
とはいえ、過度なストレスはもちろん避けなければいけない。
強いストレスを受け続けると、心身の健康が蝕まれ、その結果、仕事におけるパフォーマンスにも悪影響を及ぼす。
「人は自分で物事をコントロールできないときにストレスを感じます。
といっても、自分の思いどおりにすべての仕事をコントロールするなんて絶対に無理ですよね。だから、たいていの人はストレスが多くならざるを得ない。
では、どうすれば良いのかと言うと、ストレスをうまく発散したり解消したりすることが必要になってきます」
適度なストレスはむしろ必要。
日中は外部の刺激を受けながらバリバリ働き、仕事を終えたら一転して自分の時間を持つ。
この切り替えが大切なのだと樺沢氏は言う。
「昼間はどんなに忙しくても、夜はスポーツジムで汗を流したり家族と団欒したりすることでストレスを解消する。プライベートな時間に仕事を持ち込まない。
そういった切り替えが上手にできる人を私は『ストレスフリー』と呼んでいます。ところが、この切り替えがうまくできない人がたくさんいるんです」
オンからオフへ頭を切り替える作業は、脳内の前頭前野で行われるという。
それに大きく関わっているのが脳内物質の「セロトニン」だ。
「幸せホルモン」とも呼ばれ、精神を安定させて幸福感を得やすくするほか、意欲や集中力を高める作用もある。
「このセロトニンの量が脳内で低下すると気持ちの切り替えができず、家に仕事のストレスを持ち帰ってしまう。仕事のことをしつこく考え続けたり、失敗を何日も引きずったり。
そうなったらもう、セロトニンの量が下がって脳疲労と言われる状態です。集中力も判断力も低下してしまいます」
世の中の大部分のビジネスマンが多かれ少なかれ脳疲労の状態にあるが、おそらくそれに気づいていないのではないかと樺沢氏は指摘する。
「自分は大丈夫、と思っている人こそ要注意です。
積極的に〝整える〟ことをしていかないと、脳のパフォーマンスは落ちていく一方だし、そのうち心身の健康を保てなくなります」
毎日の朝散歩で体内時計を整える
心と体を整え、ストレスフリーの状態に近づけるために樺沢氏が推奨しているのが、〝朝散歩・運動・睡眠〟の3つ。
なかでもセロトニンの分泌量を高めるには、朝散歩が有効だ。
「セロトニンは日の光が目の網膜に入ることで活性化されます。
さらにウォーキングのようなリズミカルな運動もセロトニンの分泌を促すので、朝起きてから15分程度、太陽を浴びながら歩くだけでも効果は大きい」
セロトニン神経によって脳が覚醒し、さらにバナナ1本でも朝食に摂っておくと、血糖値があがって体もスムーズに始動する。
樺沢氏は起床してからの2~3時間を「脳のゴールデンタイム」と呼ぶ。
「朝、頭と体をしっかり覚醒させておけば、脳はまったく疲れていない状態なので非常に高い集中力を発揮できます。
朝一番にメールチェックなどしていたらもったいない。会議や打ち合わせをするのも午後。
午前中のこの時間帯は集中力を要する高度な仕事をやるべきです」
昼の休憩時は屋外へ出て再び日の光を浴び、青空の下で食事や休息をとるのもリラックス効果が期待できておすすめ。軽い運動でもセロトニンの分泌量は高まるので、会社帰りにスポーツジムへ行くのもいいだろう。
それらを習慣にすることで日中はセロトニンが十分に分泌され、日が沈むとそれが「メラトニン」という物質に取って代わる。メラトニンは夜、健康的な眠気をもたらしてくれる睡眠に不可欠なホルモンだ。
「人間には体内時計というものが備わっていて、朝起きて日の光を浴びるとセロトニンが分泌されて覚醒のスイッチが入り、日中には昼間の活動に必要なホルモンや、暗くなってくると神経を和らげ眠りに導くホルモンなどが自動的に高まっていきます。
まるで電車の時刻表のように、一日の中でさまざまな脳内物質やホルモンが適切に機能するよう制御されている。もし、何の前触れもなく電車が10 分遅れたらどうなるでしょう。大きな事故になるはずです。
人間の体もまったく同じで、毎日規則正しい生活を送ること、日々の行動をルーティン化することが心身の健康に直結します」
毎朝、決まった時間に起きて決まった時間に散歩をすることは、体内時計をリセットする意味がある。つまり朝散歩には、私たちの中に組み込まれている時刻表に則って脳や体が機能するよう、整える効果もあるのだ。
まず改善すべきは睡眠時間と睡眠の質
朝散歩とともにルーティンにしたいのは、夜眠りにつく前の2時間の行動。
なぜなら、その2時間は睡眠の質に大きく関わってくるからだ。
「睡眠は皆さんが思っている以上に大切で、一番重要だと言ってもいい。
理想的な睡眠時間は7~8時間。6時間以下の睡眠が2週間続くと、500mLのビールを飲んだときぐらいの軽い酩酊状態と同じ認知機能になると言われています。
ですから、慢性的な睡眠不足の人はお酒を飲んで仕事をしている程度のパフォーマンスしか発揮できていないということです」
睡眠中は成長ホルモンが分泌され、傷ついた細胞や日中の疲労を回復させてくれる。
最近の研究では、脳内に発生した毒性のある廃棄物が睡眠中に洗い流されることもわかってきた。アルツハイマー型認知症の原因と考えられているアミロイドβの出す毒素も同様。
睡眠時間が短いと、確実に認知症へ近づいていくというわけだ。
「睡眠は時間だけでなく、質も大切になってきます。
スポーツジムで運動したり映画を観たりした直後では、興奮していてなかなか寝つけません。たとえ眠りについたとしても、脳がリラックスしていないので疲れはとれないものです。
できれば就寝の2時間前から、スマホやテレビなどの神経を刺激するものを遠ざけ、リラックスして過ごすようにすること。
入浴も心身をくつろがせる最良の方法ですが、眠気は体温が下がることで出てくるので、就寝の90分前に済ませておくといいでしょう」
忙しくて2時間前が無理なら、寝る前の30分の過ごし方を変えるだけでも睡眠の質は違ってくる。
「家族や友人と会話をしたり、読書をしたりして過ごすのも副交感神経が高まりリラックスするのでいいですね。
あとはジャーナリング。短い日記をつけることは心を落ち着かせる効果があります」
ほかにも、寝つきが悪い人に樺沢氏がすすめるのが「4・4・8呼吸法」というもの。
4秒間息を吸い、4秒間息を止め、8秒間息を吐く。単にこれだけの動作だが、瞑想と同じような効果が得られるのだそう。
「最後に息を吐くときは一気に吐かず、均等に8秒間かけて吐くのがコツです。
この呼吸法を寝る前にやると、5回繰り返す前に眠ってしまいますよ」
パフォーマンスが落ちていることに人はなかなか気づかない。実際は使っていない能力が数多く眠っている。
「十分な睡眠をとり、生活を整えたとき、初めてそれを実感するはずです」
1時間でも、30分でも多く睡眠時間を確保すべきだが、忙しい人はまず睡眠の質を向上させるルーティンから始めてみてはいかがだろうか。
最適ルーティンでパフォーマンスアップを図る
ビジネスに役立つ樺沢式メソッド
行動を少し変えたり、ルーティンを取り入れたりするだけで仕事の効率やパフォーマンスがグンとあがることも。
樺沢氏が科学的見地から考案したメソッドをビジネスに役立てよう。
method 01 集中力を高める
集中力が高まる脳内物質は3つ。
セロトニンは禅のように精神を統一する集中力、ドーパミンは意欲的でエネルギッシュな集中力、アドレナリンは緊張感が高まり臨戦態勢になることで発揮される集中力。
普段私たちが集中力で必要とするのはセロトニンとドーパミンで、樺沢氏がすすめるのは、セロトニンが高まる朝の「脳のゴールデンタイム」(起床してからの2~3時間)を集中の時間に利用すること。
また、午後に集中したい場合は30分前後の中強度の運動をすると良い。ドーパミンが出て、その後2時間くらいは集中力が高まるはずだ。
method 02 やる気を引き出す
脳の中心あたりに「側坐核」という部位があり、いわばこれが〝やる気のスイッチ〟。側坐核が刺激されるとスイッチが入り、「やる気が出た」と感じられる。
では、どうやって側坐核を刺激するかというと、実は簡単で、まずは行動すること。やる気が出るのを待たず、先に仕事を始めてしまうことだ。行動によって側坐核の神経細胞が刺激され、次第にやる気もついてくる。
どうしても仕事を始める気になれないときは、「TO DOリスト」を書き出すといい。目標を設定することでモチベーションがあがり、仕事に入りやすくなる。
method 03 仕事を楽しむ
楽しんでいるときは脳内にドーパミンが分泌され、モチベーションや集中力、記憶力などが格段にあがる。これは仕事においても同様。
反対に、つまらない、つらいと思いながら仕事をすると、ストレスが大きくなって意欲も集中力も低下する。
指示どおりに行う「インプット型の仕事」だと受け身なので楽しめないことが多いが、その場合は自発的に行う「アウトプット型の仕事」のような創意工夫を部分的に取り入れてみると良い。
method 04 アイデアを出す
デスクに座ったまま考えてもアイデアは出てこない。なぜならアイデアというものは仕事をしているときよりも、リラックスしているときにひらめくものだから。
アイデアがよく浮かぶシーンとして、Bathroom(入浴中)、Bus(移動中)、Bed(寝る前・睡眠中・寝起き)、Bar(お酒を飲んでいるとき)が挙げられ、創造性の4Bと言われている。つまり、何もせずぼーっとしている時間がアイデア出しには必要なのだ。
また、アイデアがひらめいたら30秒以内にメモすること。良し悪しは判断せず、思いついたままを書き留めておこう。
ストレスフリーになるための TO DOリスト
朝起きてから就寝までのTO DOリスト。
私たちの体内時計に合わせて何をすべきかリストアップしていくと自ずとストレスフリーに近づくはずだ。
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〈番外編〉
ストレスフリーな人間関係
仕事でもプライベートでもトラブルが⽣じやすいのが⼈間関係です。
苦⼿な上司、どうも理解できない後輩、価値観が違う同僚……さまざまなクセや個性を持つ⼈たちに囲まれて、ストレスを感じることも多いはず。
そんな⼈間関係の悩みを樺沢⽒にぶつけてみました。
「過去と他⼈は変えられない。
まず、この事実を知っておくといいでしょう。変えられないんだから仕⽅がない、と気持ちがラクになります。
では、どうすれば良いのかというと、⾃分が変わるしかない。相⼿の⾔ったことに対する⾃分の受け⽌め⽅、考え⽅を変えていくということです」
深刻に受け⽌めず、スルーしたりして柔軟にかわす。それは武術の技のようなものだとか。
相⼿の動きによって⾃分の位置を微妙に変え、決して組み伏されないようにするのです。
「⼼の位置関係を変えるというイメージです。
そうすれば、相⼿が変わらなくても関係性は変化していきます」
けれども、相⼿があまりに批判的だったり攻撃的だったりすると、その場はうまくかわせても後々までイライラやクヨクヨを引きずってしまいます。
「攻撃的でマウントしてくるようなタイプは⾃分に余裕がないんです。だから少し上から⽬線で、『残念な⼈がいるね』と思っていればいいんです。
それでも無視できない場合は、おそらくあなた⾃⾝のセロトニンが低下しているのでしょう。セロトニンが⼗分⾜りていたら気持ちがゆったりして、そんなことはちっぽけに思えますよ」
つまり、必要なのは朝散歩・運動・睡眠。この3つで⼼と体を整えて、⼈間関係について もストレスフリーをめざしましょう。
※インタビューの情報は2024年8月1日現在のものとなります。
Podcast「THIS IS US Powered by SAISON CARD」にて
インタビュー配信!
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