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癒しの森でリトリート ~草木の深呼吸を浴びよう~〈前編〉

企業が社員の健康を経営的な課題と捉え、戦略的に取り組む「健康経営」。働き方が多様化する昨今、心身の健康づくりに関心が高まっている。

そこで、森林大国、日本ならではの癒しの健康法として「森林療法」に着目し、森の中で過ごすことの効用を精神科医の奥平智之氏にうかがった。

※この記事は前編です。後編はコチラ

Text:Rie Tamura,Natsuko Sugawara
Photograph:Keisuke Nakamura

奥平 智之(おくだいら ともゆき)
日本栄養精神医学研究会 会長/医療法人山口病院 副院長

栄養専門精神科医、認知症専門医、漢方専門医。貧血がないために見逃されている鉄欠乏で、心身の不調に苦しむ女性が多いため、鉄欠乏の女性を鉄欠乏女子(テケジョ)と命名し啓発している。また、メンタルヘルスにおける食事や栄養の大切さを広めるため、栄養の問題が原因のメンタル不調を「栄養型うつ」と命名し全国で講演している。著書に『マンガでわかる 食べてうつぬけ鉄欠乏女子救出ガイド』(主婦の友社)など多数。

森林療法に期待できる効果は
ストレス耐性と免疫力の向上

フィトンチッドが豊富な
新緑の季節に森林浴を

テレワークの導入が進むなど働き方が大きく変化する中で、新たなストレスや悩みを抱え、心身に不調をきたす人が増えている。

社員を健康にすることで生産性や企業価値を向上させる「健康経営」は、今やすべての企業に求められる経営手法といえるだろう。

産業医として職場のメンタルヘルス対策に携わる精神科医の奥平智之氏は、ストレスを軽減させるためには気分転換が大事だ、と語る。

なかでも「森林療法」は、自然との共生を大切にする東洋の自然観にマッチしたストレス解消法だという。

「森林療法には、『森林浴』といわれる森の香り成分を浴びることに加えて、大地に直接触れる『アーシング®』、人が心地良さを感じるリズムのゆらぎ方『1/f(エフぶんのいち)ゆらぎ』、『日光浴でのビタミンD生成』なども含まれます」

「視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚による健康的な五感刺激も、森林療法に含まれますね。このような森林療法は、交感神経の過緊張の改善や、免疫機能の回復につながる可能性があり、実際に効果が報告されています」

「例えば、精神症状では憂うつ、不安、怒りの軽減が、身体症状では疲労感や睡眠、高血圧などの改善が期待できるそうだ」

「心身のストレスが軽減した結果、NK(ナチュラルキラー)細胞の数と活性が増加することが知られています。NK細胞は、免疫の第一線の防御として機能する白血球の一種。新型コロナウイルスをはじめ、ウイルスに感染した細胞に対して、真っ先に単独で攻撃を仕かけます」

「また、森林療法によるNK細胞の活性化は、ウイルスの抑制だけではなく、抗がんタンパク質も増やし、がんの抑制にも寄与する可能性があります」

日常から離れ、森の中で過ごすことでさまざまな健康効果が見込めるというわけだ。とりわけ、これからの季節が森林浴にはうってつけだという。

「森の中には森の香り成分『フィトンチッド』が漂っています」

抗酸化・抗炎症・抗ストレス作用のある森の香り成分フィトンチッドは、
空気より重いため、山頂よりも山の中腹からふもとのほうに豊富だ。

「6月から8月にかけての新緑の頃が最も多く、空気が新鮮でおいしいと感じるはずです。フィトン(phyton)は『植物』、チッド(cide)は『殺す』という意味で、フィトンチッドとは植物がもつ殺菌物質のこと。身近なものでは、ハーブや漢方薬などの成分がフィトンチッドの一種です」

「一部のフィトンチッドは、人間の活性酸素を減らすといった抗酸化作用や、炎症性物質を軽減するといった抗炎症作用が報告されており、心身の健康をサポートすることが期待されています」

同じく森林療法に含まれる「アーシング®」「1/fゆらぎ」についても、奥平氏は次のように解説してくれた。

「アーシング® とは、身体を直接地面に触れさせて放電すること。現代人は電気がたまりやすい環境にあり、身体にプラスイオンがたまって活性酸素を作りやすくなっています」

「活性酸素は身体のストレスを増やし、疲れやすい、眠れないなど、身体の不調の原因となります。アーシング® で身体を地面に触れさせることで、マイナスイオンが地面から体内に入り、身体のプラスイオンを中和してくれるのです」

裸足や素手で大地に触れたり、樹木や花に触ったり、自然の水に触れたりしてアーシング® をすることで、身体の活性酸素が減り、心身の健康につながるという。

「1/fゆらぎは、規則的なゆらぎと不規則なゆらぎが調和した状態をいいます。1/fゆらぎは、聴覚、視覚などをとおして、脳内をα波(リラックス状態の脳波)の状態にし、人間の生体にリラクゼーション効果をもたらすことが報告されています」

「例えば、聴覚なら風がそよぐ音、葉が揺れる音、鳥の鳴き声、虫の羽音、小川のせせらぎ、雨の音など。視覚なら木洩れ日、葉の揺れ、蛍の光、焚き火の炎など。木目調の空間が落ち着くのも、木目がもつ1/fゆらぎ効果を自然と感じるからです」

森の中には、心身の緊張を緩めてくれる1/fゆらぎがあふれている。

目や耳から入ってくる自然界の1/f ゆらぎは、脳内をa波の状態にし、
心地良い感覚を与えてくれる。鳥の鳴き声もそのひとつだ。

定期的な森林療法が高めるストレス耐性と自己治癒力

「メンタルヘルスは食事から」をモットーにし、日本栄養精神医学研究会の会長を務める奥平氏は、森林療法がビタミンDの生成を促すという側面を重視している。

「ビタミンDは、免疫力アップに要の栄養素で、粘膜の強化と免疫細胞の活性化に必要です。食事で摂取する以外に、紫外線が皮膚に当たることで、体内のコレステロールと反応し生成されます」

「現代人は室内にいる時間が長かったり、日焼け予防のために紫外線を避けたりするので、ビタミンD欠乏になりがちです。室内で仕事をしている人の約8割が、ビタミンD不足もしくは欠乏と診断されています」

ビタミンDが欠乏すると、骨や筋肉が弱くなったり、憂うつになったり、アレルギーやメタボリックシンドローム、感染しやすい体質になったりする可能性があるという。

ビタミンD欠乏を解消することで、新型コロナウイルスの感染率や重症化率、死亡率を軽減させる可能性があるといった論文が、多数報告されていることにも注目したい。

「コロナ禍の今、ビタミンD欠乏の人には一日3000IU(※1)のビタミンDを免疫力強化のためにすすめています。これは鮭でいうと約3切れ分です。日光浴で生成するためには、くもりだとお昼の12時頃からで45分、朝の9時頃からで90分、15時頃からで135分、両手の甲と顔を合わせた面積に日光を当てる必要があります。晴れの日の所要時間は、その半分となります(※2)」

森林療法に期待できる効果は、ストレス耐性と免疫力の向上だ。食事をとおして、これらをさらに高めることができる、と奥平氏はいう。

「森林療法の効果を高める食事は、私が普段提唱しているメンタルヘルス対策の食事と同じです。必要な栄養素として、代表的なものにタンパク質、ビタミンB群、ビタミンD、亜鉛、マグネシウム、鉄があります」

「これらは、どれが不足しても免疫力低下やうつ状態につながります。慢性的な心や身体のストレスは、タンパク質の分解を加速させたり、活性酸素や炎症に対処するために必要な各種ビタミンやミネラルの需要を増やしたりする可能性があります。そのため、心身のストレスが多い人ほど少し多めのタンパク質、少し多めのビタミンやミネラルが必要です」

肉や魚などの動物性タンパク質を中心に毎食2種類以上のタンパク質を摂る、炭水化物を少し減らしておかずの量を増やすなど、食事を変えて意識的に必要な栄養素を摂取することで、ストレス耐性や免疫力の向上を図ることができるというわけだ。

「定期的な森林療法は、心身のストレスを軽減し、レジリエンスを高めてくれます。レジリエンスとは、しなやかさや撥ね返す力、回復力のことですが、医学の領域では、ストレス耐性や自己治癒力を意味します」

「レジリエンスの向上は、職場の業務効率の改善を推進し、それにより企業全体の生産性を高めていくことにつながります。ワークスタイルが多様化する中で、さまざまな健康効果が報告されている森林療法を活用しやすくなったのではと感じています。森林療法は、職場のメンタルヘルス対策のひとつであり、心身の不調者、休職者を減らす一助になることが期待できると考えています」

森の香り成分と日の光を身体いっぱいに浴び、大地や草木に触れ、葉の揺れる音や小鳥の鳴き声に耳を傾ける。太陽の下で、免疫力アップに考慮した弁当を広げるのもいいだろう。

日常をしばし忘れて、森の力に身を委ねてみよう。心と身体がじんわりと癒されていくことを実感できるはずだ。

※1 IUとはInternational Unit(国際単位)の略。ビタミンD の場合、1IU=0.025μg(3,000 IU=75μg)。
※2 茨城県つくば市での実験を参考にした場合。


癒しの森でリトリート ~森林セラピー基地 赤城の森でリラクゼーション~〈後編〉 はコチラ


※掲載の情報は2022年5月1日現在のものとなります。


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