ウェルネスツーリズムのすすめ ~人生を豊かにする旅をしよう~
コロナ禍が収束に向かい旅への欲求が高まると同時に、人々が求める旅のかたちも少しずつ変化している。
そのひとつの進化形が「ウェルネスツーリズム」だ。ウェルネスをテーマに研究を続ける医学博士の荒川雅志氏に、ウェルネスの意義と旅の新たな役割をうかがった。
Text:Natsuko Sugawara
タイトル写真:北海道・神の子池
旅することは人間本来の欲求であり
ウェルネスを追求するための最良の方法
ウェルネスとは輝ける人生そのもの
人はなぜ旅をするのか。新しい土地への好奇心、まだ見ぬものを探し求め、新たな発見をするという体験や感動。
それらを希求するのは私たち人類の遺伝子に組み込まれた本能であり、旅はまさに人間の根源的欲求のひとつに数えられる。
その欲求がコロナ禍という抑圧の時代を経てさらに深く認識され、近年、旅は新たなフェーズへと進化しつつある。
それを色濃く反映するのが「ウェルネスツーリズム」という旅の形態だ。
どんな旅なのかを知る前に、日本におけるウェルネス研究の第一人者である荒川雅志氏に、まずは「ウェルネス」の意味についてうかがった。
「私が提唱する定義では、ウェルネスとは『身体の健康、精神の健康、環境の健康、社会的健康を基盤にして、輝く人生をデザインしていく、自己実現』であるとしています。
ウェルネスというと、いわゆる〝健康〟と捉えがちですが、ヘルス(身体的な健康)だけではなく、もっと広義の健康を意味する言葉です。
心の健康のほか、生活環境、自然環境、社会環境も健康であること。また、それらを基盤として自己実現を果たしていくこと。
そういった状態が真の意味での健康であり、それをウェルネスと呼ぶのではないでしょうか」
では、「ウェルネスツーリズム」とは、輝く人生や自己実現を成し遂げるための旅ということになるのだろうか。
「輝く人生を実現していくための行動を『ウェルネスアクション』と呼んでいますが、旅はウェルネスアクションの筆頭と言えるでしょう。
具体的には、『旅先でのスパ、ヨガ、瞑想、フィットネス、ヘルシー食、レクリエーション、交流などを通して、心と体の健康に気づく旅、地域の資源に触れ、新しい発見と自己開発ができる旅、原点回帰し、リフレッシュし、明日への活力を得る旅』というふうにウェルネスツーリズムを定義しています」
アフターコロナの今、海外ではスパやヨガを主体としたリゾート地でのウェルネスツーリズムがトレンドとなっているが、「豊かな人生を実現するための行動」という意味では、ウェルネスの旅のテーマはそれだけではない。
「実際、食や伝統文化、アート、教育、アドベンチャー、ファッション、ミュージックに至るまで、すべてがウェルネスアクションです。
社会情勢や時代によって人々の価値観が変容していくなかで、これからはウェルネスツーリズムのプログラムもおのずと多様になっていくと考えられます」
「和」の文化や精神性が新たなウェルネスの要素に
そんななか、海外から熱い視線が集まっているのが日本のウェルネス資源だ。
日本には昔から湯治や禅などの心身を癒やし、再生させる文化があった。
「人類最古の旅と言えば『巡礼』です。
人々は一生に一度、宗教的な聖地をめぐって自らの魂を癒やします。まさにスピリチュアル・ヘルスを追求する旅ですが、これがウェルネスツーリズムの原型と言えるでしょう。
ですから、ただヨガやスパを体験するだけで終わってしまうなら、本当の意味でのウェルネスツーリズムではありません。その体験が、旅行後も私たちの心や人生に影響を及ぼすことで、はじめてウェルネスツーリズムが成立するのです。
そう考えると、精神性や癒やし効果が高い『和』の要素はウェルネスの旅の新たな潮流であり、日本の強みを世界に打ち出す絶好のチャンスになるのではないでしょうか」
荒川氏は国内におけるウェルネスツーリズムの旅先として、「高野山」に注目している。
1200年以上もの昔、弘法大師・空海によって開かれた真言密教の聖地であり、明治以前は高野山全域が「総本山金剛峯寺」とされていた。祈りの地であることもさることながら、豊かな自然に恵まれた環境も魅力の土地だ。
「高野山には117もの寺院がありますが、そのうちの半数近くの寺院が宿坊を設けています。
宿坊とは、一般の参拝客が宿泊できる施設で、滞在中は僧侶とともに朝のお勤めや写経、瞑想、坐禅といった日本の仏教文化に直に触れることができます。
その体験は内なる自分と向き合う時間でもあり、ウェルネスの旅の本質である原点回帰につながります。内面的な平和を感じることで心が癒やされ、根底からリフレッシュされるのです」
そのほかにも、温泉などの湯治文化や地域に根差した郷土料理、発酵食、里山の自然、さらには「もののあはれ」「侘び寂び」といった美意識までもが日本におけるウェルネスの要素として挙げられる。
「私たちにとっては日本回帰の時代と言ってもいいかもしれません。
世界的にも魅力的なデスティネーションとして我が国は脚光を浴びていくでしょう」
ウェルネスが息づくブルーゾーンとは
もうひとつ、ウェルネスツーリズムを語るうえで注目したいのは、「ブルーゾーン」と呼ばれる地域である。
「ブルーゾーンとは、健康長寿の人たちが多く暮らす地域のことで、現在、世界で5つの地域がブルーゾーンに認定されています。最初に認定されたのはイタリアのサルデーニャ島。
その後、アメリカのカリフォルニア州ロマリンダ、コスタリカのニコヤ半島、ギリシャのイカリア島、そして日本の沖縄が各国の研究者や医師らの詳細な調査によってブルーゾーンに相当すると考えられています」
これら5つの地域には、温暖で過ごしやすい気候をはじめ地域固有の食材や食文化があること、豊かな社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)が存在することなどいくつかの共通点があるが、それらすべてにウェルネスの要素が含まれている。
ブルーゾーンのひとつである沖縄に拠点を置く荒川氏は、そういった共通項のうち、特に「スローライフ」「祈り」「つながり」が沖縄の特徴であると感じている。
「例えば、沖縄では日が昇れば活動し、日が暮れれば体を休めるというように自然のリズムに従う暮らしが今も存在します。スローライフそのもので、ストレスフリーに近い暮らしです。
強固なソーシャルネットワークに支えられているので、高齢者も活き活きとしている。
人々の暮らしにウェルネスがしっかりと息づいているのです」
では、沖縄をはじめとするブルーゾーンを旅することも、一種のウェルネスツーリズムになるのだろうか。
「旅行をすると、多くのものを見て、食べて、楽しんで……と詰込み型の観光になりがちです。しかし、そういった旅とは真逆のところにブルーゾーンや沖縄のウェルネスの価値がある。
その価値を享受したいなら、旅先で何もしないゆったりとした時間をつくることです。スローダウンして土地の環境に溶け込む。
むしろ立ち止まることで、これからの生き方、働き方に新たな視座が得られるのではないでしょうか」
人生に組み込まれる旅。荒川氏がそう表現するウェルネスの旅は、従来の観光の概念を超えて、私たちを豊かな未来へと導いてくれる。
日本の自然、伝統、文化に触れる
ウェルネスの旅
荒川氏が審査委員長を務めた「ウェルネスディスティネーションアワード」。
そこで魅力的な国内の旅先に選ばれた地域にあり、上質なウェルネスを提供する宿を厳選した。
心と体を癒やし、人生を豊かにするウェルネスの旅へ出かけよう。
自然に囲まれた仏教の聖地で心やすらぐ非日常体験を
ユネスコの世界文化遺産にも登録されている高野山には、豊かな自然と共存するかのように117もの寺院が点在する。そのうち半数近くの寺院が参拝客向けに宿坊を用意。
なかでも800余年前に開創された福智院の宿坊は枯山水の庭園も美しく、仏教の聖地ならではの趣がある。滞在中には朝の読経や法話に参加することができ、僧侶たちの日常に間近に触れることも。そういった一つひとつの体験がウェルネスと結びつき、心にやすらぎがもたらされる。
高野山唯一の天然温泉が満ちる宿坊の湯船に浸かり、仏教の禁制に従った正真正銘の精進料理をいただけば、心身が清められるのを感じられるはずだ。
温泉に癒やされつつ阿寒湖の大自然と対話する
雄大な森が生い茂り、貴重な生態系が息づく阿寒湖の周辺地域は国立公園に指定され、今も手つかずの自然環境が残されている。
そんな阿寒湖の畔に佇むのが、「あかん鶴雅別荘 |鄙《ひな》の座」。
北海道の国立公園内にいくつもの温泉旅館を持つ鶴雅グループの宿だ。自然保全を前提にサステナブルに運営され、宿に滞在しながらも阿寒湖のスケールの大きな自然を体感できるのが魅力。
また、火山の噴火によってできたカルデラ湖である阿寒湖は温泉資源も豊かで、湖を望む露天風呂や景色を眺めながらの足湯を心ゆくまで堪能し、心も体もリフレッシュできる。和のもてなしが行き届いた宿で、時を忘れて自然と対話したい。
熊野古道と伊勢神宮を結ぶ大人の隠れ家リゾート
熊野古道は巡礼の道として栄え、伊勢神宮とともに今も神秘的な雰囲気が漂うスピリチュアルなスポットとして国内外から注目されている。
「里創人 熊野倶楽部」は、その熊野古道と伊勢神宮を結ぶ、山、海、里に囲まれた自然の中に佇む隠れ家リゾート。全室露天風呂付スイートで、内装に使われた熊野杉のかすかな芳香が心地よく、自然のぬくもりを感じさせる空間だ。熊野の恵みを追求した滋味あふれる美食も秀逸。
オールインクルーシブのステイで極上の癒やしを味わえるのがうれしい。エコツアーや熊野川の船旅などのアクティビティも用意され、ウェルネスの旅を存分に満喫できる。
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〈番外編〉
サードプレイスを見つける
今まで経験してきた観光旅⾏とはひと味違うウェルネスツーリズム。
近頃は、ウェルネスを謳ったパッケージツアーやホテルが主催するプログラムが登場し始めています。
もし、ウェルネスの旅を体験してみたいと思ったら、そういったプログラムに参加すればよいのでしょうか。荒川さんにうかがいました。
「もちろん、旅⾏会社やホテルがウェルネスをテーマに提供するプログラムに参加してみるのもいいでしょう。
ただし、本当にウェルネスの効果を得たいなら、そこで提供されるものの価値をしっかり認識しておかなければなりません。ヨガなどが組み込まれているプログラムが多くありますが、気軽に参加できるだけに短期間のヨガ体験だけで満⾜してしまい、それでおしまいになるケースもあります。
そうではなくて、体験からヨガのすばらしさに気づき、旅を終えてからも普段の⽣活にヨガを取り⼊れる。ヨガを取り⼊れることによって、その⼈のライフスタイルが少しずつ変化してくる。
そういった旅の効果こそが、ウェルネスツーリズムの醍醐味です」
旅先だけの1回きりの経験で終わらせず、継続することが⼤切。そういう意味では、⾃分が気に⼊った⼟地を繰り返し訪れるのも、ウェルネスの旅になり得るのだそう。
「例えば私は沖縄に住んでいますが、観光スポットでもない⼩さなビーチを気に⼊っていてよく訪れます。
要は、観光地でもなく名所でもない、⾃分だけが気に⼊っている場所を⾒つけるのが重要です。
そこへ⾏くと、⼼が⽇常から⾮⽇常に切り替わりリフレッシュされる。そんな場所を‶サードプレイス″と呼びます」
家がファーストプレイスなら、職場はセカンドプレイス。家でも職場でもない、居⼼地のいい場所がサードプレイス。
「⾃分だけのサードプレイスを⾒つけて定期的に旅するのもおすすめです。⽇頃のストレスを解消できるし、その⼟地のことを知って⼈とのつながりもできれば、⼈⽣の幅も広がっていくことでしょう」
※インタビューの情報は2024年10月1日現在のものとなります。
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