〈美意識を紡ぐ旅・京都で出逢う豊かな伝統文化・前編〉「美」に触れ、感性を磨く京都
デジタルの進化により、さらなるグローバル化が志向される今、日本ならではの「美」を起点とした創造力がビジネスの世界でも求められている。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』の著者で、株式会社ライプニッツ代表の山口周氏に勝ち抜くために必要な美意識、そして美の感性を育む京都の文化についてうかがった。
※この記事は前編です。後編はコチラ
Text:Natsuko Sugawara
表紙写真:南禅寺
◆「論理」や「分析」の時代から「美意識」を指標とする時代へ
意思決定の基準となる
「美意識」という物差し
グローバル企業が幹部候補をアートスクールで学ばせる。はたまた、ニューヨークの知的専門職がメトロポリタン美術館のアート教育プログラムに参加する。実は今、ビジネス界に身を置く人が「美意識を磨く」というトレンドが世界的に顕著となっている。
なぜビジネスに美意識が必要なのか。そもそも美意識とは何なのか。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』の著者であり、日本でいち早く美意識の重要性を説いた株式会社ライプニッツ代表の山口周氏はこう説明する。
「物事の判断基準になるものだと思っています。ビジネスでの意思決定は、通常コストや利便性が物差しに使われますが、実際はそれだけで比較できない場合がある。そうなったときに最後に頼る物差しが美意識です」
山口氏がそれに気づいたのは、iPhoneの登場がきっかけだ。
「ちょうどそのとき、私は日本の携帯電話メーカーの経営コンサルタントをしていました。優秀な人材、最先端のテクノロジーがそろっていたのにiPhoneが出てきた途端、そのメーカーは敗者にまわってしまった。なぜなのか? と考えたとき、物差しの違いに気づいたんです」
「具体的に言うと、日本企業は徹底的に市場調査をして消費者が望むものをつくろうとする。一方、アップルという会社が重きを置くのは『これは美しいか』ということ。つまり、自分たちの美意識に従って、自分たちが欲しいと思うもの、いいと思うものを突き詰めている。この正反対の両者が同時に商品を出したら、世の中の人の大半がアップルを選んだわけです」
何が美しいか、何がつくりたいかという問いの立て方は、アーティストの創作過程と似ている。情報処理能力が向上し、多くの企業が等しく正しい分析を行う今、従来のマーケティングスキル(サイエンス)だけでは戦えない。直感や感性を拠りどころとする美意識(アート)こそが、勝ち抜くための重要なファクターになるのではないか。
「世界を見渡すと、美意識をもって戦っている企業のほうがブランド力があり、実際に業績をあげている。10年前のことですが、ビジネスにおける美意識の必要性はすでに明らかでした」
ヒューマニズムが生む
イノベーション
美意識の解釈は美的センスや審美眼にとどまらない。ヒューマニズム=人間性の核となるのも美意識だという。
「先日、オランダのアムステルダム郊外にある認知症患者の施設へ視察に行ったのですが、そこは日本の老人施設とは全く違う。敷地内に美しい町並みが再現され、患者たちがごく普通の生活を送れるようになっているんです」
「しかし、オランダも90年代半ばまでは日本と同様で、患者たちは殺伐とした空間で自由を奪われて人生の最後を過ごしていた。その状況に憤ったのが、この施設『ホグウェイ』の創業者です。彼は社会に貢献してきた人々が尊厳を奪われた状況で最後を迎えることに、人間性に照らし合わせて間違っていると感じた。これもひとつの美意識ではないでしょうか」
美意識が現状に対する「問題」を見出し、変革に繋がる。それは「イノベーション」と言ってもいいだろう。
「美しいものを美しいと思うだけでなく、美しくないもの、美しくない状況に気づく美意識もある。つまり、クリティカルであること。実際、イノベーションでボトルネックになるのは『問題が見つけられない』という点です。自分の美意識に照らして、これはおかしいんじゃないかと気づく人がいないと、イノベーションも起こらないのです」
明確な美意識を育む
京都の伝統文化
では、その美意識をどう鍛えればよいのだろうか。鍵は、日本の伝統美が息づく町、京都に隠されている。
「私は〝クリエイティブコンフィデンス〟がすごく重要だと思っていて、要するに美醜の判断に対する自信がどのくらいあるかということですが、日本人はこのクリエイティブコンフィデンスが乏しい」
「フランス人などは美醜の判断に自信があるから、他人がどう思おうと何が流行っていようと惑わされない。でも日本人はそこに自信がないから、何が欲しいですか? 何がカッコイイと思いますか? と人に聞いてしまう」
「ただ、日本人でも美醜の判断がはっきりしている人がいる。それが京都の人たちです。もちろんこれは私の見解ですが、そう考えると戦後、世界へ羽ばたいていった企業は京都発が多い。任天堂、オムロン、京セラ、村田製作所……挙げればきりがありません」
自信をもって美醜を判断するには、「美しいものを見る」という経験の積み重ねが不可欠だと山口氏は考える。その点、京都には長い年月を経てもなお、私たちを魅了する本物の美がそこかしこに残されている。
「古いもの、歴史あるものは普遍的な美しさがあるからこそ、なくならずに今に受け継がれている。そういう真に美しいものを日常的にたくさん見ることで、人間の脳もAIと同じで深層学習しますから、自ずと美醜を判断できるようになる。逆に言うと、見続けてきたこと自体が、ある種の自信に繋がるのではないでしょうか」
また、京都という町の情報の豊かさも、美的感性を育んでいる。
「東京は情報量が多いと言われますが、私はそうは思いません。東京のような近代都市はなるべく古くならないようにつくられている。新しいまま変化しないので、いつも情報が同じなんです」
「一方、京都の古い町並みは刻々と経年変化していく。年月が織り込まれているので、その分情報もリッチです。そういう豊かな情報で五感が刺激され、感性も磨かれていくのかもしれません」
そんな京都を訪れ、たくさんのものを見ること。それが、山口氏がすすめる「美意識の鍛え方」だ。
「〝たくさん見ること〟が重要で、見ていくうちに好きなもの、美しいと感じるものがわかってきます。その中で〝決定的な瞬間〟に遭遇するかもしれない。打ちのめされるような美的感覚というのでしょうか」
「私にとっては灌仏会のときの知恩院がそうで、色彩のダイナミズムに衝撃を受けました。美意識が覚醒するような体験ですが、足繁く通ったとしてもそういう瞬間はめったに訪れるものではありません」
山口氏によると、それは「運次第」。運が良ければ、京都の旅でかけがえのない美の財産を得ることになる。
◆山口周氏おすすめ京都散策
美意識を鍛えるエクササイズとして、山口氏は「お気に入りの京都の場所を3つほど見つけてみては?」と提案する。
ガイドブックに頼らず、自らの感性で探すのがポイント。まずは、山口氏が"美しい"と感じる3つの場所を紹介しよう。
人斬り以蔵の時代を偲びつつ
「先斗町(ぽんとちょう)」
静寂の中、水音のリズムに浸る
「南禅寺 水路閣(なんぜんじ すいろかく)」
五色の幕と白抜きの門幕が彩る
「知恩院 三門(ちおんいん さんもん)」
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※掲載の情報は2023年8月1日現在のものとなります。
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