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美味しく、愉しく、学ぶ食 ~ガストロノミーが誘う美食の未来~

SDGsへの関心が高まる中、食への価値観は徐々に変わりつつある。それはガストロノミー(美食または料理と文化を考察する学問)の世界においても同様だ。これからの食はどう変化し、私たちは何を食べるべきなのか。

食通で知られる放送作家の塩沢航氏に今、最もサステナブルなレストランをご紹介いただきながら美食の未来を読み解く。

Text:Natsuko Sugawara
タイトル写真:シンシア


塩沢 航(しおざわ こう)放送作家
1975年生まれ。小山薫堂氏の一番弟子で、小山氏が代表を務める放送作家事務所 N35をともに立ちあげた。手がける番組はバラエティ、ニュース、スポーツ、ドラマなど 幅広い。グルメ作家としても知られ、料理人との親交も深い。担当番組は「アナザースカ イ」「オモウマい店」「有吉くんの正直さんぽ」「ミライ☆モンスター」「美食ファンファー レ」「リモートシェフ」「パレ・ド・Z~おいしさの未来~」「洋上の激闘!巨大マグロ初競り戦争」など。

◆食の選び方で未来が変わる
 サステナブルな食をもっと身近に

持続可能な食をめざし
料理人の真価が問われる

環境問題やさまざまな社会課題の解決が求められる今、食におけるサステナブルな潮流は世界的なものになっている。

美食の世界においても、ミシュランガイドが持続可能な食を積極的に実践するガストロノミーレストランに対し称号を与える「ミシュラングリーンスター」を開始。

より、サステナブルな食が具体的で目に見えるようになってきた。日本の飲食業界も、今後その流れに乗るのだろうか。

「世界的な食のトレンドがサステナブルに大きく舵を切っているので、日本でも最先端をめざすトップシェフはおのずと意識するでしょうね。ただ、現実的には地球環境の変化で、ここ何年もあらゆる食材が手に入りにくくなっている」

「特にカニやマグロ、ウナギといった高級食材。だから飲食店は本当に大変で、料理人たちは今までのやり方を変えざるを得ない岐路に立たされていると思います」

食にまつわる番組を数多く手がけ、豊富な知識と情報をもつ放送作家の塩沢航氏だが、食べることもさることながら、料理を作るシェフたちと会話を交わすことが何より好きだという。それゆえ料理人側の事情にも精通している。

「コロナ禍やインフレによる材料価格の高騰など、飲食店にとって厳しい状況が続きますが、こういうときこそ料理人の真価が問われる気がします。入手しにくい高級食材をひたすら追い求めるか、それとも代わりになる食材を見つけて料理の技術で工夫をするか。もちろん、これからは後者を選択する料理人が活躍していくでしょう」

例えば、「レフェルヴェソンス」の生江史伸氏や「シンシア」の石井真介氏などは、都内一流店のシェフでありながら率先してサステナブルを行動に移している人物だ。

「特に石井シェフは、一流レストランでは見向きもされないような未利用魚(※1)や、環境に優しい認証魚(※2)をメイン食材にした店『シンシアブルー』までオープンさせました。真摯に食材の問題と取り組む姿は思わず応援したくなります」

「そうやって頑張っていることを知ると、その人が作る料理がより美味しく感じるものです」

※1 流通や調理が難しいうえに知名度も低く、水揚げされても市場に出回らず処分される魚。
※2 水産資源や生態系に配慮した漁業による天然の水産物(MSC認証)と環境や地域社会に配慮した責任ある養殖による水産物(ASC認証)。

最近では認証魚はスーパーなどでも取り扱われるようになってきたが、まだその存在は一般の人にあまり知れ渡っていない。

石井氏が立ちあげた海産資源保護を目的とした団体「Chefs for the Blue」では、認証魚の料理レシピを提供するなどして家庭での利用を促している。

「料理人が蓄積してきたノウハウをシェアすることで、食べる側の私たちも食材に興味をもち、食への意識が高まる。例えば、よくメディアにも出演している『シオ』の鳥羽周作シェフ。彼はYouTubeなどで自分のレシピを惜しげもなく公開しています。でも、それでお客様が来なくなることはまったくなくて、むしろYouTubeを見て自分で作ったあと、答え合わせをしに店に食べに来るそうです」

作ったレシピが美味しいなら、当然店の味にも確信がもてる。

「だから、情報をオープンにすることでお互いにメリットがある。昔なら店のレシピは〝秘伝〞でしたが、今はオープンソースであるほうが人の心を掴むし、サステナブルという新たな食の価値も多くの人に発信できます」

「ヴィラ アイーダ」では年間100種類以上の野菜を作り、食べ頃を見極め収穫している。
写真協力:ヴィラ アイーダ

地産地消から
サステナブルを学ぶ

「地産地消」という考え方も、サステナブルな観点から見直されている。例えば、「ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ」のオーナーシェフである太田哲雄氏は、あえて都内ではなく軽井沢という自然豊かな地に店を構えた。

「太田シェフは自分で天然の食材を山に採りに行って、それをメインに料理を作ります。天然の旬のものを山から少しだけもらって食べる。そもそも、野菜にしても旬の時期だけではなく、年中食べようとすることで環境に負荷がかかってしまう。その点、彼のやり方はものすごくサステナブルですよね」

料理人がその土地で懸命に手に入れた貴重な食材を、その料理人の生き方や哲学とともに食べるよろこびはまた格別だという。

「遠方まで出かけてでも食べる価値のあるレストラン。ここ数年、そういう店が地方にでき始めています。和歌山県にある『ヴィラ アイーダ』というイタリアンのレストランもそのひとつです」

「そこは店の隣に畑があって、料理に使う野菜を自分たちで育てている。まさに〝FARM TO TABLE〞。美味しいという以前に、何か尊さを感じますね」

本来、「食べる」という行為は、「自然から命をもらう」ことを意味する。地産地消を実践する店は、そんな根源的なことを私たちに思い出させてくれるのかもしれない。

「とはいえ、食べるってシンプルに楽しいことですから、サステナブルとか難しいことを考えず旅する気分で訪れるといい。きっと幸せな体験ができるし、食への価値観も変わると思います」

食肉料理人集団「エレゾ」のファーム。「生き物の健康的な活動」を重視し放牧で育てる。
写真協力:エレゾ

ストーリーのある一皿が
求められる時代

地方にもすばらしいレストランがあり、都内には数多の名店がある。近頃はサステナブルをコンセプトにしたレストランも多い。

その中から、塩沢氏はどのようにして〝いい店〞を嗅ぎ分けているのだろうか。

「実は、『美味しい』を基準に店を選ぶことはあまりないんです。美味しい店ってすごくいっぱいあるので」

では、何を基準に選んでいるのか。

「人、つまり料理人です。いつも『この人に会いたい』という気持ちで食べに行きます。ひいては、どうして会いたくなるのかというと、その人と話がしたいから。結局、単なる料理じゃなくて、料理となってお皿に載せられるまでの物語を食べに行っているんだと思います。そういうストーリーのある一皿を作る料理人は言葉をもっているし、自分自身の物語もある」

北海道の十勝を活動拠点にする「エレゾ」も、そんな料理人たちによって運営されている。

「彼らは狩猟から解体、調理までを自分たちで行う食肉料理人集団で、捌いた肉は余すことなくすべて使い切ります。そこには命への敬意があって、その敬意をしっかりと技術で表しているところがまたすごい。哲学があるから、お客様の需要を超えたところで食材と向き合っているんです」

牛肉の希少な部位を「シャトーブリアン」というが、それを食べることを美食と捉える時代は過ぎ去ったのではないかと塩沢氏は言う。

「食材の背景にある物語の美しさ、それを活かそうとする料理人の心根の美しさ、そういったものを心で味わうのが美食だと。そう言われる時代が来てほしいし、来るべきだと思っています」


◆人とのつながりを大切にする店  L’Effervescence(レフェルベソンス)

都内屈指の三つ星レストランであり、2018年「アジアのレストラン50」では「サステナブルレストラン賞」を受賞した「L’Effervescence」。

エグゼクティブシェフを務める生江史伸氏に、食の未来を見据えた料理哲学をうかがった。

生江 史伸(なまえ しのぶ)エグゼクティブシェフ
慶應義塾大学卒業。「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」に入店しフランス料理を学び、フランスの「ミシェル・ブラス」、イギリスの「ザ・ファットダック」にてスーシェフを務め、 日本に帰国。2010年より「レフェルヴェソンス」のエグゼクティブシェフに。環境再生型の農業や漁業を支援するなど、食に関する問題に強い関心をもつ。

食材の背景まで知ることで
引き出される根源的な味

今、世界中の美食家から注目を集める「レフェルヴェソンス」だが、料理への評価とともに社会性に富むガストロノミーレストランとして認知されるには、エグゼクティブシェフである生江史伸氏の高い志が深く影響している。

「意外かもしれませんが、料理において〝人間らしさ〞を最も大切にしています。食材を選ぶにしても、基準は〝物〞ではなく〝人とのつながり〞。ニンジンひとつをとっても、それを一生懸命に育てている農家の方がいる」

「例えばですが、若いご夫婦の農家で赤ちゃんが生まれたばかりだったとします。そんなときは、もしほかにもっと美味しい野菜を作る農家があっても、応援するために若い農家の方から買います」

素材の味を注意深く吟味しつつも、より重要なことはその生産者との関係性にあるという。

「もっと言うと、農家には農場を取り巻く自然環境があり、その土地の気候がある。それらすべての営みを知ったうえで素材を選び、素材に合わせて調理するのが私たちのスタイルなんです」

食材の背景を知り尽くしているからこそ生み出される料理。それを体現するのが、年間をとおして供されるカブを使った一皿だ。

「カブという野菜は産地や季節によって常に味が変わり、決して同じものはありません。目まぐるしく変化するカブを一年中調理するには、やはりその背景を知らなくてはできない」

そして、それを味わうお客様にも、カブの味が気候や環境によって変化することを体感してほしいと生江氏は言う。

「私たちはあまりにも自然から遠ざかってしまった。その点、カブは気候を反映して夏はピリッと辛みが効いているし、寒くなる頃には甘みが増す。『今日のカブは甘いから今年もそろそろ寒くなりそうだ』なんていうふうに味わうことで、再び自然とのつながりを感じていただけたらうれしいですね」

環境問題への意識も高く、温暖化の影響で減少する海藻を保護する活動にも力を入れている。単に漁獲量を減らすのではなく、海藻を守ることでそれを餌にする小魚を増やし、海の生態系を回復するという大局的な視点からだ。

「食材だけでなくエネルギーもしかりです。肉を焼くのは長時間かかるので、ガスオーブンだとCO₂の排出量も多くなる。そこで、窯を導入して薪で肉を焼いています」

「都内でも林業が盛んな檜原村の間伐材を使っているので、森を支える林業の保護にもつながる。それに、薪で焼く肉はほかのどの調理法と比べても格別に美味しいんです」

古来、人間はそうやって肉を食べてきた。私たちのDNAに組み込まれている自然の摂理に即した素朴な味覚。「レフェルヴェソンス」には、それを呼び覚ます料理が待っている。


◆海産資源の保護に取り組むシェフの店
 Sincère(シンシア)

予約のとれない人気店として知られる「Sincère」。2年前にサステナブルシーフードを扱う「Sincère BLUE」もオープンさせたオーナーシェフの石井真介氏は、「日本の食の未来を守りたい」という確固たる信念の持ち主だ。

石井 真介(いしい しんすけ)オーナーシェフ
調理師学校を卒業後、「オテル・ドゥ・ミクニ」、「ラ・ブランシュ」を経て渡仏。本場の二つ星、三つ星レストランを経験し、帰国後、「レストラン バカール」のシェフを7年間務める。2016年、「Sincère」をオープンし、19年より連続で一つ星を獲得。20年にはサステナブルシーフードをテーマにした「Sincère BLUE」をオープン。

料理をとおして海を守り
海産資源を未来に残す

「これからは未来につながることをすべきだと思いました」

「シンシア」をオープンした7年前、オーナーシェフである石井真介氏はそう決意したという。多様性に富んだ日本の食材を未来に残すこともそのひとつ。

そもそも日本の食文化の豊かさに気づいたのはフランスでの修業時代だ。

「例えば、フランス人シェフに『日本のあのキノコ、シャキシャキしていて美味しいよね』とか言われるんです。エノキのことですが、そんな何げない日本の食べ物がフランスでも評価される」

「食への意識も、普通のフランス人は意外と質素でお昼はパンをかじって終わりだったりします。日本はランチのお弁当にしても豪華ですよね。逆に日本の食文化の豊かさを思い知らされました」

そのわりに、日本では料理人の活躍の場が限られている。もっと社会に貢献できる場はないか。そんな石井氏の想いが形となったのが、コロナ禍の医療従事者に料理を届ける「Smile Food Project」だ。

「この活動をとおして、美味しい料理で人を幸せにするという僕たちの仕事の価値を感じ、料理人としての未来像が見えた気がしました」

そして、日本の海産資源の保護を掲げた「Chefs for the Blue」を仲間とともに立ちあげる。日本人にとって大切な食材である魚の漁獲量は年々減り、今や危機的な状況にある。

現状を伝える活動を始めるとともに、料理人としてできることは何かを考えた。その答えが、新業態の「シンシアブルー」だ。

「魚屋さんに『高級店はピンキリのピンばかり欲しがる。二流、三流の魚を一流にするのが料理人じゃないの?』と言われたのもヒントになりました」

「『シンシアブルー』では人気がなく、廃棄されがちな未利用魚を使っています。例えばクロシビカマスという魚。脂がのっているが骨が多くて敬遠される。でも、丁寧に骨切りして炙るとすごく美味しい」

未利用魚以外に使われているのが〝認証魚〞だ。環境に配慮して漁獲された天然の魚(MSC認証)、または養殖の魚(ASC認証)のこと。流通履歴などのトレーサビリティが明確で、消費者にとっては食の安心にもつながる。

「『シンシア』で扱うほかの食材についても同様です。いつ、どこで、誰によって作られたものなのかがわかる食材、環境負荷が少ない方法で生産された食材を常に選ぶようにしています」

その取り組みに費やす石井氏の労力は利益を度外視しているように見える。

「今のところ金銭的なメリットはありませんが、お客様が〝サステナブルな食〞に価値を見出してくだされば、未来は明るいものになる」

日本の海産資源を守れるかどうかは私たち一人ひとりの肩にかかっている。


◆フェアトレードと地産地消を追求する店
 LA CASA DI Tetsuo Ota
(ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ)

古くから別荘地として栄える軽井沢の地に「LA CASA DI Tetsuo Ota」はある。店主は南米の「アマゾンカカオ」を日本に広め、有名店のスイーツにまで昇華させた太田哲雄氏。

国際色豊かな太田シェフが営む店で味わえるのは、一体どんな料理だろうか。

太田 哲雄(おおた てつお)オーナーシェフ
1980年、長野県白馬生まれ。19歳でイタリアに渡り、星付きレストランやミラノマダムのプライベートシェフを務める。その後、スペインの「エル・ブジ」、ペルーの「アストリッド・イ・ガストン」で研鑽を積み帰国。軽井沢に自身の店「LA CASA DI Tetsuo Ota」を開くとともに、現地からアマゾンカカオを輸入し普及に努める。

大地に根差した素材を選び
地域に利益を還元する

スペインの「エル・ブジ」やペルーの「アストリッド・イ・ガストン」など、最先端のレストランで腕を磨いた異色のシェフの料理を味わいたいと、はるばる軽井沢まで足を運ぼうという人は多いが、「ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ」が営業するのは年間40日ほど。

予約は2026年までいっぱいだ。

その理由のひとつは、オーナーシェフの太田哲雄氏が「アマゾンカカオ」の輸入卸に力を入れていることにある。

自らペルーのアマゾン奥地へ赴き、それまで安く買い叩かれていたカカオを適正価格で買い付ける。貧しいカカオ農家にできるだけ還元するためだ。

「ただ買い取るだけでなく、加工も現地で行うようにしています。彼らに加工技術を教えて仕事を与えるためです」

なぜ、そこまでするのか。それは、「エル・ブジ」時代に出会った南米出身の見習いシェフの言葉に遡る。

「スペイン語なので南米出身者がたくさん働いていました。その中の一人がこう言ってたんです。『自分は立派なシェフになって家族を助け、貧困をなくし、国を変えたい』と。日本人はせいぜい自分のお店を開く程度の夢しかもてません。スケールの違いに何だか恥ずかしくなったことを覚えています」

その後、ペルー出身のトップシェフ、ガストン・アクリオ氏に憧れて南米へ飛び、彼の店で働き始める。

「ガストン氏はペルーでは大統領より人気がある。貧困地区に料理学校を設立するなど、社会に多大な貢献をしてきた国民的英雄。私も彼を見習ってアマゾンカカオの普及に努めていますが、まだまだ足元にも及びません」

もうひとつ、海外で外国人シェフと触れ合うことで気づかされたことがある。

「外国の方は自分の故郷を大切にしますね。そのせいか、初対面で『日本のどこ?』と出身地を聞く。さらにはどういう食文化があるのかと知りたがる。それで地元の食についてほとんど知らなかったことに気づいたんです」

帰国後、軽井沢で店を開いたのはそんな経験が少なからず影響している。自分が生まれ育った信州の食材を見直してみたいという想いがあった。

「店の料理にはアマゾンカカオ以外は信州の食材しか使いません。自分で山へ入って山菜を採り、湧き水を汲みに行きます。米や野菜は昔ながらのまっとうな作り方をしているものだけ」

「小川村という限界集落で採れた野菜がすばらしくて、応援するつもりで去年は小川村の大根をすべて買い取りました」
 
21年、店の隣に予約なしで行けるカジュアルな新店舗をオープン。店名の「MADRE(マードレ)」は、スペイン語で「母」を意味する。

「母なる大地から生まれたカカオと、信州の自然に育まれた素材で作る料理を存分に味わっていただきたい」


※掲載の情報は2022年12月1日現在のものとなります。


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