ラグジュアリーな食を求めて ~地域に活力をもたらす美食の力~
日本のラグジュアリーな食は、私たちが訪れたこともないような地方の町にも存在する。
なぜなら、そこには豊かな自然の恵みがあるから。
食と旅が結びついたガストロノミーツーリズムなど、最新の美食のトレンドを一般社団法人ガストロノミー協会会長の柏原光太郎氏が解き明かす。
Text:Natsuko Sugawara
表紙写真協力:L’évo
◆地方色豊かな食文化が
ガストロノミーツーリズムを生む
食通たちを惹きつける
デスティネーションレストラン
日本は世界中の食通を魅了する美食の国であり、東京には名だたるラグジュアリーなレストランが集まっている。
しかしながら、今、あらためてラグジュアリーな食とは何かと考えたとき、都心より地方の〝デスティネーションレストラン〞が真っ先に挙がるのではないか。
「デスティネーションレストランとは、〝そこへ食べに行くためだけでも訪れる価値のあるレストラン〞を指します。アクセスのいい都心ではなく遠方にあったとしても、わざわざ出向きたくなるようなレストラン。
そもそもミシュランの三つ星はそういう定義ですが、最近は地方にそういったデスティネーションレストランが増え始めています」
そう指摘するのは、ガストロノミープロデューサーであり、一般社団法人ガストロノミー協会会長の柏原光太郎氏。
長年、編集者として食にまつわるメディアに携わり、現在も食をテーマに活動をする日本きってのグルマンだ。
「なぜ地方なのかというと、東京には各地からあらゆる食材が集まりますが、それらは質は良くてもどこか角が取れたものです。
一方、地方にはそこでしか手に入らない食材がある。それに惚れ込んで地方にレストランを開くシェフが増えてきたんです。キャビアやフォアグラといった高級食材ではないが、その地域でしかとれない唯一無二の食材を、一流シェフの研ぎ澄まされた感性で料理する。
それが、今一番ラグジュアリーな食と言えるかもしれません」
その美食は、料理そのものだけでなく、食材を提供する地元の生産者や、その土地の風景、空気感までもが複合的に重なり合って成立している。
近頃はそんな食の域を超えた美食を求め、辺境とも言える地域まで足をのばす人々も多い。〝フーディー〞と呼ばれる食通たちだ。
「欧米で流行り出した言葉ですが、彼らは美食のためなら時間もお金も惜しまず世界各地を飛び回ります。そんなフーディーたちは東京の角が取れた料理だけでは飽き足りない。もっと食材の新鮮さや希少さにこだわった〝尖った料理〞を求めているんです。
多様な食文化を持つ日本の地方は、フーディーをはじめ世界中の食を愛する人々の恰好の旅先になり得るでしょう」
世界を一変させたコロナ禍がひととおり落ち着いた2024年は、ガストロノミーツーリズム元年と言われる。
ガストロノミーとは、食を育む風土や習慣、歴史までを探求することだが、ガストロノミーツーリズムはもう少し気楽に考えてもいい。シンプルに言えば、その土地のおいしい食をめぐる旅である。
「今、地方のおいしい食をフックにして観光客を呼び寄せようとする自治体がたくさんあります。とはいえ、『うちの米はおいしい』と言ってもおいしい米をつくる地域はたくさんあるのでなかなか難しい。
その点、デスティネーションレストランのような、個性的なシェフが尖った料理を出す店があると、その店がフックになってどんな小さな村でも世界中から人が集まる。
例えば、富山の『L’évo(レヴォ)』がそうです。
『L’évo』の谷口英司シェフは富山の中でも豪雪地帯で人口500人ほどの利賀村を気に入って、そこにオーベルジュレストランをオープンしました。
観光資源も何もないところですが、彼の料理を目当てに多くのフーディーが訪れ、その結果、周辺の地域まで活気づく。そういうひとりの人物を起点にした形の町おこしがあってもおもしろい」
美食の街サンセバスチャンから
学ぶこと
海外にはガストロノミーツーリズムで成功した手本のような都市もある。
なかでも有名なのがスペインのバスク地方にある小さな都市、サンセバスチャンだ。
「私も数回訪れたことがありますが、旧市街に100軒以上のバルがあるのが名物で、それらの店が獲得したミシュランの星の数が総計15もある。バルのような居酒屋から星付きレストランまで、外食に関する層が非常に厚い。
興味深いことに、バスクには昔から男性が料理をする文化があったそうです。けれども家の厨房は女性のものだという文化も同時にあって、男性は家で料理ができなかった。
それで男性が外にキッチンを借りて料理を楽しむソーシャルクブ『ソシアデガストロノミカ(美食倶楽部)』が19世紀後半に登場しました。今も150くらいあって、当時はメンズクラブでしたが、現在は女性も参加しています。
つまり、昔から料理を楽しむ文化がしっかりと根付いていたんです」
もうひとつ注目すべきは、レシピのオープンソース化。
サンセバスチャンでは、食による町おこしの機運が高まった際に、まずそれを行ったという。
「優れたレシピをサンセバスチャンのすべてのレストランが共有することで、町全体の料理の質を高めることができます。全体の質があがれば、より切磋琢磨してレベルアップしていく。
その結果として、料理専門大学『バスク・クリナリーセンター』がサンセバスチャンに誕生しました。世界でも珍しい、料理で学位が取れる大学です」
今や訪れる人が絶えない世界有数の美食都市に。
そんなサンセバスチャンのような町になる可能性を秘めた地域が、日本にもあるのだろうか。
「実は、サンセバスチャンと美食の友好都市として提携を結んでいる町があります。三重県の多気町。ここに2021年『VISON(ヴィソン)』というサンセバスチャンを再現する食のアミューズメントパークがつくられました。
この『VISON』を起点に、三重を日本のバスクにしたらどうかという計画があります。三重には伊勢湾あり松阪牛ありと、海の幸も山の幸も豊富です。加えて、熊野古道・伊勢路といって、伊勢神宮から熊野へ至る神秘的な参詣道が県内を貫いている。ちょうどバスクにあるサンティアゴ巡礼路のように」
美食から始まり、日本ならではの自然や文化遺産に興味が派生し、好奇心の赴くまま観光に足をのばす。それも、ガストロノミーツーリズムの楽しみ方のひとつだろう。
「サンセバスチャンは小さな町ですが、少し郊外へ行くとリオハというワインの大産地があったり、フランス国境を渡ってフレンチ・バスクを訪れたり、また違う旅の楽しさがあります。私はトリクルダウン効果なんて呼んでいますが、サンセバスチャンが観光で潤えば、自然と周辺地域まで富が波及していきます。実際、旅の醍醐味とは、そうやって自分の好きな場所、共感できるものをいかに探していくかではないでしょうか」
柏原氏いわく、美食も同じ。
最後に、『L’évo』の素朴な朝食の話をしてくれた。
「もちろん前衛的な料理もすばらしいですが、朝食はガラッと違う郷土料理をベースにした和食なんです。その中に利賀豆腐という、富山の利賀村独特の硬い豆腐があって、これが味わい深くてとてもおいしい。やはり、地方まで足を運んでいろいろ食べてみなければ、こういう食には出合えません」
旅人だけが味わえる至福の食体験。美食の旅の果てには、そんな楽しみが待っているかもしれない。
◆世界を魅了する日本の美食
Luxury Japan Award 2024
独自の選考基準に基づき、世界に誇る日本の「ホテル・旅館」「レストラン」を表彰するLuxury Japan Award。
柏原光太郎氏も選考委員のひとりとして審議に加わった同アワード2024の結果が発表された。
レストラン部門で入賞を果たした国内最高峰の店の魅力を紹介しよう。
【Restaurant of the year 2024
レストラン部門 大賞】
伝統と創造を兼ね備えた
日本文化を伝え続ける料亭
「京都𠮷兆 嵐山本店」
現在の日本料理の礎を築いた湯木貞一氏が創業した名料亭「𠮷兆」。日本文化を色濃く映す料理やもてなしを「京都𠮷兆」で引き継ぐのは、三代目であり総料理長も務める徳岡邦夫氏。店の伝統を守るだけでなく、変わりゆく時代に合わせ新たな価値を創造する努力も怠らない。
「歴史の荒波に揉まれて今も残り続けているものは、多くの人に愛され必要とされてきたものです。今、必要とされているものは何かを考え、伝統を現代の人々が求めるものに変革していく。
それが𠮷兆の本質です」
その考え方は京都𠮷兆の隅々にまで行き渡り、日々実践されている。例えば、常連客といえども、訪れる度にその日に食べたいものを聞き直す。その日そのときの要望を熟知して、お客様の趣味嗜好に細部に至るまで寄り添った料理がもてなされる。料理ひとつにしても、つくり立て、供するとき、食べている最中と、時間によって変化する味や温度、見た目、香りまでを意識して演出するという徹底ぶり。
「おいしさというのは味だけではありません。視覚や嗅覚、その場の雰囲気、さらにはそのときその人が何を欲しているかにもよります。ここでは最上の料理を味わっていただきたいので、私たちは常にお客様の様子に細心の注意をはらい、ご要望に瞬時に応えられるよう臨機応変におもてなしをしています」
自然に囲まれた嵐山本店は、庭の向こうの山々まで見渡せる。穏やかな自然との共生を感じながら、想いが尽くされた料理をいただくひとときは、これ以上ない贅沢だ。
【Luxury Japan Award 2024
レストラン部門 入賞店】
レストラン部門では一度は訪れてみたい数々の名店がBEST10に選ばれた。
そのうちの4店を取りあげる。
富山の風土と共生しながら
進化を続ける前衛的地方料理
「Lʼévo」
富山駅から車で1時間半、岐阜県の県境に近い豪雪地帯で人口わずか500人ほどの利賀村にオーベルジュ「L’évo(レヴォ)」がある。この小さな山村を選んだのは、シェフの谷口英司氏。彼の料理を求めて今や多くの人がこの地を訪れる。
「富山には山菜やジビエなどの山の幸もあれば、富山湾で獲れる海の幸も豊富です。料理人の聖地と言ってもいいでしょう。
食材だけでなく自然も美しいし、木工や焼き物などの工芸品もすばらしい。富山の魅力すべてをまるごと体感できる場所として、このオーベルジュをオープンしました」
心がけているのは「地に根差した料理」。地元猟師から仕入れる熊や鹿、自社農園で育てた野菜といった素材はもちろんのこと、食文化をもこの土地から学ぶことが多いという。
「春には山菜がたくさん採れますが、地元の人は採れたてをすぐに塩漬けにします。最初は新鮮なうちに食べればいいのにと思っていたけど、冬になって大雪が降り買物に行けない日が続いた。それで、山菜の塩漬けの意味がわかりました」
風土と食の関係を深く知り、この地で経験を積むことで自身の料理も逞しくなったと語るが、その反面、谷口氏が生み出すひと皿には洗練された料理人のひらめきが宿る。富山伝統の「イカの黒作り」のソースを真鱈に塗って熟成させた一品や、この地に自生するクロモジの木の香りを活かしたデザートなど、創意工夫が散りばめられた数々の料理はここでしか味わえない。
「レストランは非日常の空間です。お客様には一皿ひと皿の料理に日常にはない驚きを感じてほしいと思っています」
古くから要人をもてなしてきた
江戸の美意識を伝える老舗料亭
「玄冶店 濱田家」
「玄冶店 濱田家」は、大正元年に料亭として日本橋人形町、「玄冶店」跡地にて創業。玄冶店は、歌舞伎で有名な与三郎とお富の恋物語「与話情浮名横櫛」の舞台としても知られる。
料理はもとより、数寄屋造りのお座敷や器、庭に至るまですべてが格調高く、日本文化の贅が施されている。料理は江戸風のしっかりした味つけの懐石。同時に旬の素材ならではの繊細で滋味深い味わいも堪能できる。
京の趣と近代調建築美の調和した全8室のお座敷には、椅子テーブル席と掘り炬燵席を用意。さまざまなゲストのニーズに合わせたもてなしも心地良い。
粋でなじみ深い江戸の食文化と
エスプリが光るフレンチの融合
「Nabeno-Ism」
エグゼクティブシェフ・渡辺雄一郎氏の〝イズム(主義・流儀)〞が一皿ひと皿に体現されたレストラン「ナベノ‐イズム」。開業時より掲げているのは「江戸の食文化とフランス料理の融合」で、なかでも渡辺氏が大切にしているのは「テロワール(土地の食材を活かす)」。
例えば、〝雷おこし〞や〝最中の皮〞、浅草壽々喜園の抹茶など、日本人になじみ深いご当地素材を使用。両国にある「江戸蕎麦 ほそ川」の蕎麦粉をソースエミュリュッショネの技法で炊きあげてつくる「蕎麦がき」は、同店のスペシャリテとして多くの食通たちの洗練された味覚を満足させている。
変化に富んだ料理と
正統派の江戸前鮨をおまかせで
「鮨 将司」
超一流ホテルの鮨店でも腕をふるってきた山口将司氏。北青山に自らの店を構えるや、洗練された鮨と接客で評判に。
コースは「おまかせコース」のみ。突き出しを5~6品いただいたあと、握りを10~11貫。季節の魚や珍味に小粋なアレンジを効かせたつまみでお酒を楽しみ、後半は正統派の江戸前握りで締める流れになっている。しゃりへのこだわりはひとしおで、創意工夫を凝らし、しっかり粒の立ったしゃりに仕上げる。
合わせる魚は極上の天然もの。寝かせてさらに旨みを増やし、それを輪郭ある味わいの酢飯へ。口にした瞬間、まさに至福のひとときが訪れる。
※インタビューの情報は2024年2月1日現在のものとなります。
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〈番外編〉
おいしい店の選び方
国内外の美食を知り尽くした柏原さんですが、新たな味覚を求めて行ったことのないレストランへ足を運ぶこともあるそう。
都内にも地方にも星の数ほどのレストランがありますが、柏原さんはそれらの中から何を基準にして「これ」という店を探し当てるのでしょうか?
「100%おいしいと確信できる店を見つけるのは難しいですが、僕はグルメ系のクチコミサイトなんかを参考にしています。
ただし、その店の評価だけを参考にするのではなく、どういう人が評価しているかを見るんです。食べ物って、やはり人それぞれ好みが違いますよね。自分と好みの傾向が似ている人を探して、その人のレビューをチェックするんです。
例えば、僕は中国の地方料理についてはあまり知らないのですが、趣味嗜好が似ている人が『この四川料理の店はすごい』とレビューに書いてあれば、たいていは外れることはありません。この方法が僕にとっては一番手堅いおいしい店の探し方ですね」
例えば、「玉子で鮨屋の実力がわかる」という説もあります。
その店の質や実力を計ることができるオーダーの仕方などが、はたして実際にあるのか、興味があるところ……。
「鮨屋へ行ったら玉子から頼めというのは、あまり信憑性はないですね。
僕は初めて行く店はおまかせで頼むことが多い、まずはひととおり食べてみないとその店の味はわかりませんから。
シェフたちに聞くと、おまかせコースで、例えば8000円、1万円、1万5000円とあったら、客にとって一番コストパフォーマンスが高いのは実は1万5000円のコースです。値段が高いコースにはキャビアや伊勢海老など原価が高い食材が使われるし、お金を使える人にはリピーターになってもらいたいので。
ただ、食材的にはそうですが、料理の腕は一緒です。ですから、高級食材を食べたいと思わなければ、安いコースで十分、その店の実力はわかると思いますよ」
一概に美食と言っても人の好みはそれぞれ。好みに合った店や料理を的確に選び、自分の味覚を満足させることも、「ラグジュアリーな食」体験と言えるでしょう。
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