赤城の森の豊かさに触れる ~自然と人が共生する世界~
木立をわたる風や鳥の鳴き声、森林の香りなど、赤城自然園は、私たちが本物の自然を五感で体験できる場所であり、自然と人とが共生する理想の世界を体現している。
創設に携わった高崎設計室有限会社 代表取締役の髙﨑康隆氏に、なぜこれほど美しい森がつくられたのか、誕生のストーリーをうかがった。
Text:Natsuko Sugawara
タイトル写真:赤城自然園
◆これからの時代にふさわしい〝新しい森〟をめざす
こどもたちに
自然と触れ合う場を
全国でも類を見ない美しい森として人々を魅了する赤城自然園だが、もとを辿ると、そこは120haにも及ぶ広大で荒れ果てた混交林(※)だった。
なぜ、そんな土地に緑豊かな自然園をつくろうとしたのだろうか。当初からプロジェクトコーディネーターとしてディレクションに携わっていた高崎設計室有限会社代表取締役の髙﨑康隆氏は、計画の発端にまつわるこんなストーリーを披露してくれた。
「きっかけは、デパートの屋上で販売されていたカブトムシです。こどもがカブトムシを買ってもらい家に持ち帰る。カブトムシは生き物ですから、当然そのうち死んでしまいます。それを見たこどもが、母親に『電池が切れちゃった』と言ったそうなんです」
その話を聞いた当時、西武セゾングループ代表だった堤清二氏は、本物の自然を知らないこどもたちの未来を危惧した。そして、その小さなエピソードが「次世代を担うこどもたちに自然を理解する場をつくる」ために、赤城の地を豊かな森へと再生させる壮大なプロジェクトへとつながっていく。
しかし、それはなかなか容易なことではなかった。
「農業や林業が基幹産業ではなくなった現代において、人の手が入ることで生態系が保たれる雑木林を存続させるのは難しい。ならば、人間を含めた新しい生態系が息づく森を自分たちでつくっていこう、というチャレンジが赤城自然園です」
「ですから、あらかじめ用意された設計図に従って進めるようなプロジェクトではなかった。私以外にも、植物学、林学、生態学といったさまざまな専門家が寄り集まって、トライアンドエラーを繰り返しながらつくりあげてきました」
ただ、髙﨑氏はプロジェクト全体を貫くひとつのコンセプトを掲げた。それが、「美しい森をつくって、ベンチを置く」というものだ。
「私は〝美しい〞と感じる感覚は非常に正しいと思っています。美しさの基準は、自然、文化、歴史を踏まえた人間の総体的な視覚経験から生まれるものです。例えば都市景観も、街のシステムに欠陥があれば、その街の景観はどこか不自然で美しくないものになってしまう。逆に言うと、景観的に美しい森が保たれるためには、前提として豊かで安定した生態系が整っていなければならないのです」
さらに〝美しい森〞の評価基準となる美意識は、その時代に生きる人々がもつ共通の美意識であり、社会や文化を反映したものだと髙﨑氏は考える。つまりは赤城の自然に私たちの文化的な営みを組み込むことが、美しい森の実現につながるのではないか。その想いが込められているのが「ベンチを置く」というフレーズだ。
自然と人が共存する
新しい生態系とは
「森の中にベンチを置けば、そこに腰かけて鳥や虫の声に耳を傾け、歩くだけでは気づかない落葉樹の葉の裏側の美しさにも目が留まります。ベンチとは人間と自然との接点をつくり出す〝装置〞です。象徴的にベンチと言いましたが、テーブルでもイスでも建築物でもいい。それらを介して自然と人の文化的活動が調和し共生できる世界、それを新しい生態系と捉えました」
その成功モデルとして、髙﨑氏はイギリスの庭園文化を挙げる。イギリスでは日常の中に多くの自然があり、憩いの場として親しみ、暮らしの中で植物を愛でる。髙﨑氏が造園に関わったセゾンガーデンは、その庭園文化を手本にし、自然の趣を残しつつも人の目を惹きつける美しい景観にこだわった。
「赤城の気候に合うツツジとシャクナゲをテーマ植物にしたのが大きな特徴です。生態系を豊かにするという意味でも、日本に自生している種だけでなく温帯性のマレーシアシャクナゲやヨーロッパで品種改良された西洋シャクナゲなど、さまざまな品種を交えて多様性をもたせました」
イギリスからも著名な園芸家のジェームス・ラッセル氏を招き、何年にもわたって本格的な英国流の植栽を手がけてもらった。そうして完成したセゾンガーデンは、髙﨑氏にとって赤城の森の中でも一番好きなエリアだ。
「いつ訪れても景色が美しい。特に初夏にかけての開花時期は圧倒的な景観が見られます。まさに一日中ベンチに座って眺めたくなるような景色ですね」
実際、セゾンガーデンにはイギリスから取り寄せた座り心地のよいベンチが置かれ、他所にも間伐材のベンチがまるで森の一部であるかのように設置されている。訪れた人は、ぜひこれらのベンチに腰かけ、ゆっくりと自然を味わってほしいと髙﨑氏は言う。
「そういう時間の中で、読書をしたり詩を書いたり、ただ誰かと会話をしてもいい。自然に囲まれてそういった文化的な営みをすることが、『自然と人との共生』のひとつの形であり、多くの人にそのすばらしさを体験していただきたい。そのうえで、自分の住む街にもこんな自然が欲しいと思う人が増え、自然と人が触れ合う場が広がっていけば、このプロジェクトは成功したと言えるのではないでしょうか」
※スギ、カラマツ、アカマツ、雑木の各林がパッチワーク状に混在する林。
◆赤城自然園ガイド
四季折々に咲く花や森の動植物
広大な園内は「四季の森」「セゾンガーデン」「自然生態園」の3つのセクションに分かれ、それぞれに魅力的な自然の景色が見られる。
◆赤城の森から生まれる家具
富田学氏の創作の原点
「自然の中で家具を作る」をコンセプトに赤城山の工房で家具制作を行う木工家具職人の富田学氏に、創作の原点でもある赤城の自然や樹木への想いをうかがった。
若手家具職人として注目される富田学氏の工房は山深い赤城山の麓にある。父は世界的に有名な木工アーティストの富田文隆氏で、やはり赤城の自然に囲まれた環境で創作活動を行っていた。
「小さな頃から父の工房を訪れて、野山で遊んだり虫捕りをしていました。でも、僕自身はサッカーに夢中でプロをめざしていた。父の仕事を手伝うようになったのは、その夢に挫折して途方に暮れていたときです」
当時はアルバイト気分で始めたが、次第に木工家具の魅力にはまっていく。
「木材は千差万別で自然ならではの表情がある。樹齢何百年の板を目の前にすると、美しい年輪に果てしない時間の重みを感じます。それを自分の手で家具として蘇らせる仕事に、大きなやりがいを見出すようになりました」
個性豊かな木の〝本質〞を追求した家具を作りたい。それは父の意思でもあり、自身が設立したブランド「WOOD IN WOOD FURNITURE」へと受け継がれている。
「間伐で役目を終えた赤城山の樹木が、木材となって僕の工房がある森へと帰り、家具に形を変えて再スタートする。そういう木そのものを主役にしたストーリーをブランド名に込めています」
富田氏自身も学生時代から長い間故郷を離れ、この仕事に就くことで赤城へと戻ってきた。
「何だか、わが家に帰ってきたような感覚です。この赤城の地で自然と共存しながら創作すること。それが自分の歩むべき道だと強く思っています」
富田学氏によって作られる木を主役にした作品たち
◆赤城自然園ならではの魅力と見どころ
30年近く赤城自然園の園内整備を手がけてきた山林施業管理グループ 代表の諸田進一氏。赤城の自然を最もよく知る諸田氏に、園内の見どころを教えていただいた。
赤城自然園の動植物を最も身近なところで観察し、長年にわたって手入れをしてきたのが山林施業管理グループ代表の諸田進一氏だ。その諸田氏は赤城自然園の魅力についてこう語る。
「例えば、ある山に〝ある花〟を見に行くと、見ることができるのは〝ある花〟だけです。でも、ここに〝ある花〟を見に来た人はほかの花々も森の風景も見られるし、木々をわたる風や日の光、季節の気配なども肌で感じられる。園内ガイドが四季の見どころを直接伝えるコンシェルジュサービスもあり、どんな方でも自然の美しさが体感できるようになっているのも魅力と言えます」
これから夏に向けてはヤマユリやレンゲショウマが見どころだ。
「特にヤマユリは近年シカやイノシシの被害を受け、その数はわずかでしたが、時間をかけて増やしてきました。今年、被害がなければ、かなりの数のヤマユリが咲き誇るのをご覧いただけるかと思います」
園内の見どころは花だけではない。季節によって森から射し込む光の入り方が変わるため、遊歩道に射す光が一本調子にならずに明暗が美しく出るよう、その都度樹木を剪定している。
「私自身は夕方の時間帯がどの季節においても一番好きです。西日が木々に低く射し込む風景は本当にすばらしい。特に紅葉の頃は、色づいた木々と夕日のコントラストが最高ですね」
そんな園内を散策するときの注意点は「自分のペースを守ること」。
「心も体も無理をせずマイペースを保つことが自然を楽しむコツです」
※掲載の情報は2023年5月1日現在のものとなります。
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