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〈心と身体を揺さぶるオペラ・後編〉4つの要素からひもとく〝総合芸術〟としてのオペラ

音楽、演劇、舞台美術など、あらゆる芸術的要素が融合した〝総合芸術〟オペラ。ここでは「歌手」「作曲家・作品」「指揮者・オーケストラ」「演出・舞台美術」の4つの要素から、オペラの見どころをひもといていこう。

前編に引き続き、オペラの魅力を昭和音楽大学教授の石田麻子氏にうかがった。

※この記事は後編です。前編はコチラ

Text:Rie Tamura
タイトル写真:パリ・オペラ座 Ⓒphotogolfer - stock.adobe.com

石田 麻子(いしだ あさこ)昭和音楽大学 教授・オペラ研究所 所長/東京藝術大学大学院音楽研究科 オペラ専攻 非常勤講師
『日本のオペラ年鑑』編纂委員長、科学技術・学術審議会学術分科会専門委員、文化審議会文化政策部会委員などを務めている。著書に『クラシック音楽家のためのセルフマネジメント・ハンドブック』(日本語版監修、アルテスパブリッシング)、『芸術文化助成の考え方~アーツカウンシルの戦略的投資』(美学出版)などがある。東京藝術大学大学院音楽研究科博士課程修了、学術博士。

①観客の心を揺さぶるオペラの花形
 ~歌手~

オペラを構成する主な芸術的要素は「音楽」で、大きく分けるとソリスト歌手や合唱団による声楽、オーケストラによる器楽で構成されている。

これら性質の異なる「音の芸術」が総合されてオペラが成立するというわけだ。

オペラ歌手は、自分自身の身体で勝負する。マイクを使わずに、2,000人以上が入るような大きな劇場で、数十人から時には100人を超える器楽奏者で編成されたオーケストラとともに、隅々まで生の歌声を響かせることができる。その迫力ある歌声こそがオペラ最大の魅力といえるだろう。

「オペラ歌手は日頃から鍛錬していますから、声の強弱も自在に操り、音を言葉に乗せて、劇場の隅々にまで響かせることができるんですよね」

「単に声が大きければよいというわけではなく、そのテクニックには人知を超えたところがあるといってもよいかもしれません。生で聴くと、そのすごさがすぐにおわかりになると思います」と石田氏。

オペラ歌手の「声」にも種類がある。出せる声の高さや低さを表す「声域」と、軽さや重さを表す「声質」という分類だ。

女声は高いほうから順にソプラノ、メゾソプラノ、アルト、男声はテノール、バリトン、バス・バリトン、バスなどがある。最近では、女声のアルトと同様の高さを出せるカウンターテナーと呼ばれる男声歌手も人気だ。

声質は、軽いほうからレッジェーロ、リリコ・レッジェーロ、リリコ、リリコ・スピント、ドラマティコなどに分類される。オペラでは役柄に応じた声域や声質が求められる。作品のキャラクターに適した声の歌手で聴きたいものだ。

テノール歌手、ホセ・カレーラス。
75歳の今なお、その美声を保ち続けるオペラ界の生ける伝説。
©REX /アフロ

「同じ歌手でも、年齢を重ねると声質が変化して、演じることができる役柄が変わっていきます。少しずつ声が変化する中で、自分の状態に合ったものを適切に選んでいくことが、長く歌い続ける秘訣です。ですから、歌手は自分の声にふさわしい作品を選ぶことがとても重要になってくるのです」

「人間は誰でも年齢を重ねていくと声が変化してきますね。歌手も同じです。ソプラノを例にとれば、『フィガロの結婚』のスザンナや『リゴレット』のジルダなどは、若い娘の設定なので、比較的軽めで明るい声質が求められます」

「最初はそうした役を歌っていた歌手たちが、年齢を重ねるうちに、『椿姫』の主役であるヴィオレッタや『蝶々夫人』のタイトルロール(題名役)など、しっかりした声質を要求される役柄を歌うようになっていくこともあります」

「一方で、年を重ねても、若い娘の役を長く演じ続けられる歌手もいます。どの年齢でどんな作品を歌うのかには決まりごとがあるわけではなく、歌手によって作品の選び方は異なります」

「彼らに唯一共通する点があるとすれば、一流の歌手たちは信頼のおけるボイス・トレーナーなどと相談しながら、常に自分の声と向き合っているということでしょうか」

ヒロインがソプラノ歌手ならば、輝くような高音を響かせるテノール歌手はヒーローであり、舞台の花形だ。役柄はヒロインの若き恋人、王子様、貴族など、多くの作品で主役を務める。誰が出演するかを基準にして、観に行く舞台を決めるのもいいだろう。

世界を代表するテノールとして第一線で活躍し続けてきたホセ・カレーラスは、故ルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴとともに「三大テノール」として、世界各地でコンサートを開催し、今もなお圧倒的な人気を保っている。

端正な舞台姿でありながら、抒情的な表現と強いピッチが特徴の「テノール・リリコ・スピント」の声で一世を風靡してきた。オペラの舞台からは引退しているが、引き続きコンサートで聴衆を魅了している。

フアン・ディエゴ・フローレス、ヨナス・カウフマン、ピョートル・ベチャワ、ラモン・ヴァルガスなど、彼のあとに続くテノール歌手はたくさんいるが、やはりカレーラスは別格といえるだろう。

「後世にまで名の残る歌手は一声聴けば、誰が歌っているのかわかります。ポピュラー歌手と同様に『人とは違う何か』をもっていることが、スターの条件なのかもしれません」

②時代を超えて演じられる名作に名曲あり
 ~作曲家・作品~

オペラは台本に作曲家が音楽を書いていく。『椿姫』は、原作であるフランスの作家デュマ・フィスの小説『椿をもつ女』をもとに、ピアーヴェが台本を書き、ヴェルディが作曲した作品だ。

ヴェルディが戯曲版『椿姫』の舞台を観て感激したことから、オペラの作曲を決意したという。

「オペラを作る過程で大事なのは、作曲家と台本作家が、どんなふうに作品を作りあげるかを話し合い、理解し合いながら作品を仕上げていくこと」と石田氏は言う。

ここで各国の有名な作曲家と代表作を見ていこう。モーツァルトはイタリア語やドイツ語で作品を書いた。代表作は『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』など。

イタリアはヴェルディ『椿姫』『アイーダ』、プッチーニ『トスカ』『蝶々夫人』『トゥーランドット』。

ドイツはワーグナー『ニーベルングの指環』、フランスはビゼー『カルメン』などがある。名作と呼ばれる作品は、ハッピーエンドの喜劇から嫉妬が渦巻く悲劇まで数えきれない。

約400年の歴史の中で脈々と受け継がれ、世界中で演じられてきた。

『日本のオペラ年鑑』編纂委員長を務める石田氏によれば、2019年(※)に日本で上演された海外の人気作トップ3は、1位がモーツァルト『フィガロの結婚』、2位がヴェルディ『椿姫』、3位がビゼー『カルメン』。

これらの作品は毎年5位以内に入っていて、人気の傾向は変わらないと言う。

「プッチーニの『トゥーランドット』は一時的に流行しました。理由は、06年のトリノ五輪でフィギュアスケートの荒川静香さんが『トゥーランドット』の中の〈誰も寝てはならぬ〉という曲で演技し、金メダルを獲得したから。そういったこともあって、翌年ぐらいから『トゥーランドット』が頻繁に上演されるようになりました」

ヨーロッパでは、定番の名作に加え、イタリアの作曲家であるロッシーニやベッリーニらに代表される「ベルカント・オペラ」の人気が復活し、20世紀後半頃からどんどん上演されるようになったという。ベルカント・オペラは、声の美しさが際立つように作曲されているのが特徴だ。

「日本にもその傾向は遅れてやってきて、今はロッシーニを歌う歌手が増えてきています」

オペラ初心者は、まずは人気作から鑑賞しよう。回数を重ねていくうちに自分なりの見方ができるようになり、オペラの世界にはまっていくはずだ。

※2020年以降は新型コロナウイルスの影響を受けて上演数が減少したため、2019年の統計を掲載。


③歌手と息遣いを合わせて生演奏する
 ~指揮者・オーケストラ~

オペラの美しい音楽は、オーケストラによって生演奏される。オーケストラの演奏場所は、舞台手前の一段下がった場所にある「オーケストラピット」だ。

オペラ歌手やオーケストラを束ねるのは、指揮者(男性はマエストロ、女性はマエストラと呼ばれる)であり、その指示に従ってオペラは進行していく。

「指揮者は、歌手やオーケストラのみならず、演技をする人、舞台裏で動いているスタッフなど、すべてを統率するリーダーです。指揮者の一番の役割は、歌手とオーケストラをつなぐことです。オーケストラは、歌手と息遣いを合わせて音楽を作っていきますが、そのとき、指揮者の存在がとても重要になるのです」と石田氏は語る。

どんなに多くの作品を演奏したことがある人であっても、オペラの指揮者とシンフォニーの指揮者とでは、専門性が分かれるという。

藤原歌劇団共同制作公演『ランスへの旅』の
ゲネプロ(最終リハーサル)の様子(2016年)。
ⓒ公益財団法人日本オペラ振興会

「オペラの指揮者というのは、歌手、あるいは声のことを非常によく理解しています。オーケストラの演奏箇所をピアノで弾きながら、歌手たちと稽古を重ねて音楽を作る役割のコレペティトゥア出身者が多いのも、オペラ指揮者の特徴ですね。オペラを専門にするためには、少し特殊な能力も必要なのです」

オペラのオーケストラも同様であり、歌手が気持ちよく歌えるように演奏することが求められる。ただし、オーケストラだけで演奏される序曲や間奏曲などは、オーケストラ音楽の魅力を存分に発揮できる見せどころだ。

「劇場付きのオーケストラは、オペラに突出して経験をもっています。例えば、ウィーン国立歌劇場管弦楽団は、同劇場で上演されるオペラをすべて担当しています。彼らはオペラそのものだけではなく、歌手たちのことも熟知して、リスペクトしています。その関係がとても重要なポイントになります」

④演出プランがオペラの成否を分ける
~演出・舞台美術~

オペラを統率するのは指揮者であると前述したが、演出家にも同様の役割がある。

「演出家は、舞台美術家、あるいは映像作家などとチームを組んで舞台を作っていきます。その中で演出家は、物語をどう解釈するのか、どう歌手が演じるのかを示し、出演者たちを通じて作品の世界観を表現していきます。ただし、指揮者と決定的に違うところがあります。演出家は、いったん舞台が始まってしまったら何もできないのです」

「指揮者は舞台が始まってからが勝負ですから、そこが全然違う点です。とはいえ、演出プランによってオペラの成否が大きく左右されるので、演出家がとても重要な役割だということに変わりはありません」と石田氏は言う。

オペラにおける舞台美術の進化はめざましい。これまで、山や樹木、家並みは、背景幕に描かれたり、装置として舞台上に設置されたりしていたが、近年は代わりに「映像」が導入されている。

『魔笛』第1幕の冒頭。
王子タミーノに襲いかかる大蛇が、背景幕に映像で投影されている。
提供:東京二期会/撮影:西村廣起

「映像芸術として、当初はプロジェクションマッピングでいろいろな効果を狙っていましたが、今はもう完全に映像を投影しています。風が吹いて木がそよぐ。雪が降る。それらすべてを背景や舞台全体に映像で映し、現実のもののように見せるテクニックが高度になってきていて、本当に美しい映像が舞台上で展開するようになっています」

ヨーロッパや日本における演出のトレンドとしては、「読み替え演出」がある。時代や物語の設定をほかの時代や現代に移して演出する手法だ。

「例えば、舞踏会のシーンを会社のカクテルパーティに替えたり、王様を社長に替えたり。そういう読み替え演出が増えてきています。固定観念をひっくり返して、演出家が『今を生きる皆さんにとってこの物語はどうでしょう』と問いかける意味合いもあると思います。リアリティを感じられるものにどう演出するか、というのが演出家の腕の見せどころでしょう」


石田氏セレクト
ビギナーにおすすめの名作オペラ3選

初めてのオペラ鑑賞にふさわしい、名作オペラを厳選。

3作品に共通するのは、主人公が死んでしまう悲劇だということ。亡くなる理由は異なりますが、「ヒロインの最期」は観る者の感情を揺さぶります。いずれもドラマとして非常にわかりやすく、なんといっても音楽が魅力的です。(石田氏)

運命の女に翻弄される男
『カルメン』(ビゼー作曲)

提供:東京二期会/撮影:鍔山英次

まじめな兵士ドン・ホセは、婚約者がいながら、自由奔放なロマの女、カルメンに恋をする。これにより、ホセの人生は大きく狂い始める。

ふたりは結ばれるが、カルメンはすぐにホセを捨て、ほかの男と恋に落ちる。嫉妬に狂ったホセはカルメンを刺し殺す。

日本女性と米軍人の悲恋
『蝶々夫人』(プッチーニ作曲)

提供:東京二期会/撮影:三枝近志

アメリカ海軍兵のピンカートンは、現地妻として長崎の芸者、蝶々さんを身請けする。ふたりは幸せな日々を過ごすが、長くは続かなかった。

ピンカートンは帰国し、別の女性と結婚する。希望を失った蝶々さんは、彼との間にできたこどもを残し、自らも命を絶つ。

愛を引き裂かれた女の涙
『椿姫』(ヴェルディ作曲)

提供:東京二期会/撮影:三枝近志

享楽的に暮らす高級娼婦ヴィオレッタは、青年アルフレードから純愛を告白され、真の愛に目覚める。しかし、彼の父から別れを迫られ、ヴィオレッタは泣く泣く身を引く。アルフレードは激怒し、彼女を侮辱。悲しむヴィオレッタは、結核のため余命わずかだった。

上映中は舞台脇のモニターに字幕が表示されるが、あらすじを予習しておくと観劇に集中でき、より楽しめるはずだ。


〈心と身体を揺さぶるオペラ・前編〉至高なる芸術の融合はコチラ



※掲載の情報は2022年6月1日現在のものとなります。



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