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二足のわらじの相乗効果 ~働き方を多様にするカフェオレ理論~

徐々に増えている「副業」「兼業」という働き方。
国も働き方改革において副業を推進しているが、はたして私たちのキャリアにどんなメリットがあるのだろうか。
音楽家でありながら広告業界に身を置くタカノシンヤ氏に、二足のわらじを履きこなす「カフェオレ理論」の極意をうかがった。

Text:Natsuko Sugawara, Mitsuhiko Kodama 
Photograph:Keisuke Nakamura

音楽家・広告クリエーター
タカノシンヤ

音楽ユニット「Frasco」「Coldhot 」にて作詞・作曲・アレンジ、企画などを担当。Xの「すぃんや」アカウントではバズツイートを連発し、最高でテキストツイートのいいね数が日本歴代30位以内にランクイン。ライブではプレゼンのようなスタイルでMCを行う。
また、音楽活動と並行して面白法人カヤックにて広告の企画やコピーライティングも行う。J-WAVE「GRAND MARQUEE」ナビゲーター。


2つの仕事がクロスオーバーすることで
思いもかけない効果が生まれる

遊び感覚で始めた音楽が
いつしか本格的に

いわゆる〝肩書き〟は、初対面の相手を知る糸口になる。しかしながら、タカノシンヤ氏の場合は少し違う。
まず、肩書きが複数ある。
J‒WAVEのラジオナビゲーターであり、音楽家であり、広告クリエーター。

「最近は音楽でも作詞の仕事や、広告でもコピーライティングの仕事が多いので、自分で勝手に〝言葉の遊び人〟なんていうふうに名乗っています」

つまり、肩書きによって固定観念に当てはめることが難しい存在だ。個性が肩書きを上回っていると言ってもいいかもしれない。
その理由は、タカノ氏がこれまで積み重ねてきたキャリアのユニークさにある。
音楽を始めたのは30歳を過ぎてから。特に音楽家を志していたわけでもなく、きっかけは飲み会の余興に思いつきで民族楽器を演奏したことだ。

「リズム感いいねって言われたんです。でも、その言葉だけでは始めなかった。
本格的に始めたきっかけは、Garage Bandという音楽制作アプリがあると教えられたのが大きい。これがあると、音楽経験がなくても直感で音楽が作れるんです。それがおもしろくてどっぷりハマってしまいました」

このとき声をかけてきたのが、現在タカノ氏が活動する音楽ユニット「Frasco」のヴォーカリストの峰らる氏で、とんとん拍子にバンドを組むことになる。
ただし、タカノ氏は当時も会社勤めをしていたので通勤時間や昼休みといった短い隙間時間を利用して、ひたすら曲作りに励んでいたそう。

「Frasco」によるライブの様子。
バンド名のフラスコは、タカノ氏が以前、 理科の教員をしていたことから命名。

「スマホでいつでもどこでも作曲できるというデジタルの気軽さが僕に合っていたんだと思います。
最初に作った曲をJーWAVEの『RADIO SAKAMOTO』のデモテープオーディションに応募したら優秀作品に選ばれまして。
それで自信がついていろんなメディアに曲を送ったんですけど割と反応が良かった。少しずつ音楽活動も本格的になっていきました」

作曲がおもしろくて夢中になり、ふと気づいたらサラリーマンと音楽家の二足のわらじを履いていたというタカノ氏。
音楽活動が波に乗り始めたそのとき、音楽一本に絞ろうとは思わなかったのだろうか。

音楽ユニット「Frasco」「Coldhot」 のみならず、楽曲提供からアーティストとのコラボまで音楽活動も多彩な 広がりを見せる。

「そういう気持ちもありましたが、サブスクが発展したこともあって音楽業界で成功する人は本当にひと握りなんです。
そこは現実的に考えて、ほかの仕事をしながら音楽をやるというスタイルを選びました」

2つの仕事に100%を尽くす
「カフェオレ理論」とは

とはいえ、ほかの仕事も全力でおもしろいことをやりたい。そう思ってタカノ氏が転職した先が『面白法人カヤック』という会社だ。

「この会社が掲げる大きなテーマが、まさに『おもしろいものを作っていこう』というもの。
僕はクライアントワークと呼ばれる広告の部署で主にプランナーとして働いています」

以前から広告業界には興味があったというが、音楽と同様、未経験の分野にいきなり飛び込んだ。

「突然、広告の世界に転職して不安はなかったのか、新しい仕事や職場環境にどうやって適応したかとよく聞かれますが、結局、音楽の仕事も広告の仕事も〝人との繋がり〟なんですよね。
つまり、大切なのはコミュニケーション力。
具体的にどういうことかというと、〝自己開示〟ですね。自分がこういう人間で今までこういうことをしてきて、というのをまず自分からオープンにする。すると相手も心を開いてくれて、そのコミュニティに入っていきやすくなります」

実際、カヤックの社内では自身の音楽活動について最初からオープンにしているという。それによって広告の仕事にも広がりが生まれた。

面白法人カヤックが手がけた『うんこミュージアム』では音楽制作を担当。

「カヤックの代表的な仕事のひとつに、うんこをかわいくポップに表現した『うんこミュージアム』という一風変わったミュージアムがあるんですが、音楽活動で培った人脈を活かして、その音楽制作を担当させてもらいました。
音楽の知識や人脈を広告の仕事に使うこともあれば、逆に広告の仕事で知り合った方と意気投合して音楽イベントをやることもある。
今は2つの仕事がうまい具合にクロスオーバーして、得することが多いですね。だからあえて両者に垣根を作らないようにしています」

どちらも本業であり、どちらも100%のエネルギーを要する仕事だ。
そんな働き方のメリットをタカノ氏流に表現したのが「カフェオレ理論」である。

「カフェオレはコーヒーとミルクの割合が1対1。僕の中の音楽と広告の仕事の割合って、まさにカフェオレと同じなんです。
2つとも全力でやったうえで、培った知識やスキル、人との繋がりをまぜこぜにしていくと、相乗効果が生まれる。
もちろん音楽と広告の相性の良さもありますが、どんな仕事でも少なからずこのカフェオレ理論が当てはまるんじゃないかな。
営業職と音楽だったとしても、営業で商品やサービスをアピールしていく能力は音楽にも活かせますよね。
音楽だって作るだけではダメで、誰かに聴いてもらわなくては仕事になりませんから」

〝二足のわらじ〟のコツは
おもしろがること

現在は音楽活動から派生して、JーWAVEのカルチャー情報番組「GRAND MARQUEE」のナビゲーターも務める。
二足のわらじ以上の活躍ぶりだが、いくつもの異なる分野の仕事を日々どのようにこなしているのだろうか。

「確かにラジオが始まってから時間のやりくりは難しくなりましたが、基本的に心がけているのは〝仕事〟という言葉に縛られないこと。仕事って言うと誰しもテンションが落ちますから(笑)。
ラジオも会社のミーティングも曲作りも、すべて自分がやりたいことで楽しんでやっているという感覚。常にその感覚で取り組むようにしています」

そのためにもミーティングを「パーティ」、予算会議を「フェス」などと勝手に呼んでいるというタカノ氏。
独特のユーモアのセンスが周囲の人を巻き込んで、仕事をよりおもしろくポジティブなものにしているようにも見える。

「そんな感覚でやっているとノリも生まれて仲間意識も強くなる。事実、そのほうがプロジェクトもうまくいくんです。
以前にメルカリの『インディーズ土産全国デビューへの道』という企画を担当したことがあって。全国のマイナーなおみやげをピックアップして、オンライン上で投票キャンペーンを行うというものですが、クライアントの方とも友だちのような関係を築いて、皆でおもしろがりながらわいわいアイデアを出し合ったんです。
するとインプレッションが1億7000万、総投票数が32万票にもなって社内で賞までもらいました」

努力は夢中に勝てない。

かの孔子の言葉で、タカノ氏の座右の銘でもある。

「何をするにも、いかに夢中になれるかが重要。
それによって得られるものの大きさも変わってくると思います」

GRAND MARQUEE(J-WAVE 月~木曜 16:00~18:50)
タカノ氏がナビゲーターを務めるJ-WAVE「GRAND MARQUEE」は毎回、刺激的でおもしろい人々や文化をフィーチャーし、東京の音楽とカルチャーを届ける番組。

〈番外編〉
 新たなスキルの学び方 

⾳楽家、広告クリエーター、J-WAVE ナビゲーターと多彩な顔を持つタカノシンヤさんですが、じつはまだ挑戦したいことがあるそう。

「今ハマっているのが⼩説なんです。
去年あたりから書き始めたんですが、すでに短編・中編を11作品書き終えました。

まだ趣味のレベルですけど、どこかの出版社に持ち込んで本にしたいというわけではなくて、⾃分に実⼒があるかどうかが知りたい。
純⽂学の賞で新⼈賞を受賞して作家デビューを果たす、というのが究極の⽬標です」


思い⽴ったら⾏動が早いタカノさん。
すでにいくつかの⽂学賞に応募し始めていて、とある賞では2次選考まで通ったとか。
それにしても、⼩説なんて誰にでもすぐ書けるものではありません。お忙しい中、どうやって⼩説を書くテクニックを学んだのでしょうか。

「僕は何か知りたいときは、まずYouTube ですね。
⾳楽のときもコード進⾏などはYouTubeで勉強しましたが、例えば⼩説家をめざしている⽅のYouTubeチャンネルや、実際に⼩説家になった⽅のYouTube チャンネルとかを⾒て、こうやって書くんだとか、こういう考え⽅なんだっていうのをインプットしていく。

あとは、⼩説の書き⽅みたいなハウツー本も10冊くらい読みました。そのほか、芥川賞作家をはじめ有名な⽂学賞を受賞した⼩説家のインタビュー記事も参考になります。
もちろん再現性は異なりますが、成功者の体験談というのは、『この部分は⾃分にも活かせるな』というように必ずどこかに気づきがありますね」


⾳楽や広告の仕事と同じように、タカノさんがいつの間にか⼩説家として活躍している姿は想像に難くありません。

「でも、⾳楽や広告というのはたまたま残ったもので、それ以外にもカメラとかDJ とか、いろいろやってうまくいかなくて諦めたことがたくさんあります。決して器⽤に何でもこなすタイプではないんです。
ただ、やってみないと⾃分に合うかどうかはわからない。
だから、『とりあえずやってみる』というのが僕のモットーです。実際に⾃分で調べて、やってみることが⼤事。

⾃分の好きなこと、やりたいことが⾒つからない⼈は、全部ひと通りやってみたらいいんじゃないでしょうか。
遠回りかもしれませんが、⾃分に合うことが必ず1つや2つ⾒つかるんじゃないかと思います」

なぜ今、「副業」や「学び直し」が必要なのか
組織に縛られずキャリアをデザインするヒント

政府や企業による副業の推進により、多様なキャリアを構築しやすい環境が整いつつある。
その背景にあるもの、そして「副業」や「学び直し」が本業に与える効果について、キャリア教育に携わる一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事の有山徹氏に語ってもらった。

一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事
4designs株式会社代表取締役社長CEO/founder
有山 徹(ありやま とおる)

早稲田大学卒業後、大手メーカーやベンチャー企業勤務を経て、2019年に4designs株式会社設立。20年には法政大学キャリアデザイン学部 田中研之輔教授と一般社団法人プロティアン・キャリア協会を設立。
大手企業を中心に、キャリア自律支援を軸とした組織開発支援を続けている。

副業解禁の流れは
本業やキャリア充実の好機

終身雇用が崩壊しつつあるなか、政府は副業や兼業の促進を打ち出した。
その背景にはいったい何があるのか。そして、われわれはこの流れをどうとらえるべきなのだろうか。

「政府が副業をすすめるのは、生産人口の減少に対する危機感のあらわれではないでしょうか。副業を足がかりに働く機会の増加や労働力シェアを推し進めるのが狙いだと思います。
また、副業を推し進めることで組織のイノベーションにも繋げようと取り組む企業が増えています。終身雇用制では、外国企業との熾烈な競争に勝てないからです。
もちろん個人にとっても、副業によってキャリアアップをはかる好機になるでしょう」

こう指摘するのは、従来の組織型キャリアから自律型キャリアへの転換を提唱、サポートするプロティアン・キャリア協会代表理事の有山徹氏だ。

「ここ数年、キャリアに対する日本人の意識が大きな転換点を迎えているように感じます。キャリアは単なる過去の経歴ではなく、人生そのものである、という認識に変わり始めたからです。
これはわれわれの推奨するプロティアン・キャリア理論の根幹をなす〝キャリアとはひとつの組織で昇進するための過程ではなく、一生を通じて能力を蓄積する過程〟という考え方とも一致するものです」

会社まかせではなく、自分でキャリアをデザインする。
長い人生を見据えた主体的なキャリア形成ができれば、いかなる変化の時代がこようと、軸のブレない変幻自在な対応ができるという。

「副業は自分のやりたいことを〝お試し〟できる貴重な機会です。有効活用することによって、自律的なキャリア形成の手助けにもなります。
そして学び直しは新たな視座を得ることで自身の成長、新たなキャリアの形成に繋がります。
今まさに社会の追い風を受けて、副業や学び直しに本気で取り組む時がやってきました」

出典:NewsPicks 田中研之輔 解説「今、再評価されるプロティアン・キャリアとは」(2019)
Ⓒ一般社団法人プロティアン・キャリア協会

人的ネットワークが
自律型キャリア形成の鍵

副業によってこれまでにない世界や情報に触れることは、本業に大きなプラス効果をもたらす、と有山氏。

「副業を始めて社外や異業種の人たちと接触すれば、人間性やキャリアがまわりの人たちから認知され、新しいネットワークが生まれます。
また、新たな知識やスキルを得ることも本業への有効な刺激となるはずです」

副業と同様に政府が推し進める「社会人の学び直し」は、本業にどう関わってくるのか。

「さらなる長寿社会や目まぐるしいテクノロジーの発展を見る限り、この先は働きながら学ぶことなしに、労働市場で活躍することは難しくなります。
ただし、働き手としての価値を保つためだけの学びではありません。学ぶことは自身の関心領域や可能性を広げることにも繋がり、人生を豊かにし、幸せへと導いてくれるものでもあります。
その意味でも、学び直しに向き合うことがわれわれに求められています」

プロティアン・キャリアでは、経験や学び、人との交わりなどから蓄積されていくキャリアを資本と位置づけ、3つのキャリア資本に分類しているという。

「副業や学び直しからフィードバックされるものは、仕事に役立つ知識やスキルなどをさす『ビジネス資本』と呼ばれるもの。語学能力や資格、職歴といったものが含まれます。
このほか『社会関係資本』『経済資本』と合わせて、われわれは自律的なキャリア形成に不可欠なものと考えています。
プロティアン・キャリアを実践するときは、それぞれの資本で不足しているものを補うことで、バランスのとれた、理想的なキャリアが出来上がっていきます」

Ⓒ 一般社団法人プロティアン・キャリア協会

Ⓒ 一般社団法人プロティアン・キャリア協会

最後に自律型キャリアを構築するうえでのポイントをうかがった。

「まず自ら発信することです。SNSなどを通じて人との繋がりをつくることが大切になります。
じつは自律的なキャリア形成において最重要かつ難しいのは、人脈や人的ネットワークなどの『社会関係資本』をいかに構築するかということです。人との交流が盛んになるほど視野が広くなり、新たな仕事に繋がるなど、キャリアの可能性も開けていきます。
副業や学び直しなどで『ビジネス資本』を充実させつつ、戦略的に『社会関係資本』が築ければ、質の高い自律型キャリアが形成されていくでしょう」

これからは状況の変化に応じた働き方を可能とする「自律型キャリア」のニーズがますます高まりそうだ。
副業や学び直しも含め、自分らしいチャレンジを資本としながら自らキャリアを育んでいく。そんな考えが主流となっていくのだろう。

※インタビューの情報は2024年5月1日現在のものとなります。

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