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アート思考が切り拓く未来 ~飛躍する思考へと導くアート学~

あらゆる社会課題が山積する先の見えない時代、求められるものは「問題を解決する能力」から「問題の本質を見出し、意味(コンセプト)を創出する力」へとシフトしつつある。

株式会社E&K Associates代表の長谷川一英氏に、新時代を切り拓くヒントとなる「アート思考」についてうかがった。

Text:Natsuko Sugawara,Kumiko Suzuki
タイトル写真:パウル・クレー《北極の露》(1920)


長谷川 一英(はせがわ かずひで)株式会社E&K Associates 代表
青山学院大学大学院国際マネジメント研究科非常勤講師。東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。芝浦工業大学工学マネジメント研究科(MOT)修了。製薬企業に通算28年間在籍。新薬の成功率は3万1000分の1と言われるなか、イノベーション創出を研究してきた。2018年より現職となり、アート思考による人材育成プログラムを開発。
著書に『イノベーション創出を実現する「アート思考」の技術』(同文舘出版)がある。

アートの力を
イノベーションの起爆剤に

AIやIoTの進化は論理的な情報処理スキルの向上による正解の画一化を生み、ビジネスにおいて「差別化」の価値は薄らぎつつある。

しかし、刻々と変化する社会情勢に対応し未来を切り拓くには、新たな価値やイノベーションを創出しなければならないこともまた周知の事実だ。『イノベーション創出を実現する「アート思考」の技術』(同文舘出版)の著者で、株式会社E&K Associates代表の長谷川一英氏は、そのためには一人ひとりが「アートの力」を養うことが重要であると説く。

「経営学者のヘンリー・ミンツバーグが『企業経営とは、経験(クラフト)、直感(アート)、分析(サイエンス)の3つを適度にブレンドしたもの』と述べていますが、日本企業の多くは論理思考に偏りすぎてこのバランスを崩しています。もちろん、市場を分析したり、経験に基づき判断することも大切です。けれども、イノベーションを起こすにはクラフトとサイエンスだけでは難しい。アートの力が不可欠です」

アートとビジネス。一見、無関係に思える両者だが、新たな価値を生み出すという点で実は共通している。長谷川氏がそれに気づいたのは、アーティストたちとの交流からだった。

「私自身は長年製薬業界に身を置き、アートとは無縁の仕事をしていました。ただ、プライベートでは現代アートが好きでアートイベントを企画するなどアーティストたちと直接話す機会が度々ありました。彼らのものの見方や思考は非常にユニークで、私たちが見逃してしまうような小さな事象から本質的なことを見出すのです」

特に印象深かったのが、AKI INOMATA(1983-)氏の作品《やどかりに「やど」をわたしてみる》のコンセプトにまつわる話だ。

「この作品は在日フランス大使館の移転がきっかけになっています。広尾の大使館の庁舎が隣の土地に移転したのですが、移転先の土地はフランス領土と同様の扱いで日本の治外法権となり、移転後の土地は逆に日本の管理下に戻る」

「彼女はそれを『非常に平和的に国が入れ替わった』と捉えて着目します。私もフランス大使館移転の話は知っていましたが、そんな発想は思いもつかなかった。アーティストの常識に捉われないものの見方に脱帽しました」

さらにINOMATA氏は国と土地の関係をやどかりに投影し、3Dプリンターで制作した新しい「やど」を与え、アート作品へと昇華させる。

「そこには論理では到達できない〝思考の飛躍〟があります。ビジネスにおいてもこういったものの見方や思考法を取り入れることで革新的なイノベーションが起きやすくなるのではないか。そう考えてアーティストの思考法に注目するようになったのです」

AKI INOMATA《やどかりに「やど」をわたしてみる》(2009-)
生き物との共同作業のプロセスを作品化することで知られるAKI INOMATA氏の作品。
3Dプリンターで制作した「やど」は土地の上に立つ都市を模している。
©AKI INOMATA courtesy of Maho Kubota Gallery

革新的なコンセプトを
提示する現代アート

しかし、アーティストではない私たちがどのようにして彼らの思考法を手に入れればよいのだろうか。そのカギは現代アートにあるという。

「アート=目で見て美しいもの、という常識を覆し、アートを『思考』の領域にまで移したのが現代アートです。ルネサンス期以降、アートは社会や産業の変化によって常に手法やテーマを刷新し続けてきましたが、パブロ・ピカソ(1881-1973)の登場で飛躍的に進化し現代アートに近づきました」

「ピカソの代表作《アヴィニョンの娘たち》はアートの常識だった遠近法を排し、複数の視点から再構成した主観的な世界を表現している。写実的な絵画と比べ難解ですが、見る人に作品の解釈を委ねるという点で現代アートと共通しています」

本格的な現代アートは1917年に制作されたマルセル・デュシャン(1887-1968)の作品《泉》が始まりだ。デュシャンは既製品の小便器にサインを描き、それを作品として出展しようとして批評家たちの物議をかもした。

「デュシャンはこの作品をとおして問題提起をしたのです。見た目の美しさに本当に価値があるのか? アートはアーティストによって作られなければならないのか? つまり、斬新なコンセプトを提起することがアートであり、そのコンセプトにこそ価値があるのではないかと問いかけたのです」

現代アートは、このような問いかけ=コンセプトを常に内包している。それゆえ鑑賞者に思考を促し、問いかけに応じた鑑賞者の思考の中で作品は完結する。

鑑賞している私たちもアーティストの創造的行為に参加していると言ってもいいだろう。

「現代アートを鑑賞することはアーティストの思考過程に近づくための有効な方法です。私もビジネスパーソン向けに対話型鑑賞を行うことがありますが、作品のコンセプトを議論すると、人によってまったく異なる意見が出てきます」

「ビジネスでは『正解はひとつ』とされがちですが、本当はそうではないことに気づかされるのです。また、議論のあとに作者が意図したコンセプトを聞くと、アーティストのものの見方がどれだけ自分と違うか、彼らの思考がどれだけ飛躍するかが体感でき、自身の固定観念まで自覚できます」

パブロ・ピカソ《アヴィニョンの娘たち》(1907)
© 2023 - Succession Pablo Picasso - BCF (JAPAN)
提供:Bridgeman Images/アフロ

思考の起点となるのは
個人的な興味関心

実は「アート思考」という言葉に明確な定義はない。美意識や審美眼に基づく思考法とされることもあるが、長谷川氏は「アーティストが制作過程で巡らす思考法」と捉えている。

「言い換えると、自分の興味関心を起点にして新しいコンセプトを生み出す思考法です。アーティストは必ず、自らが感じた問題意識からスタートします」

「この点が重要で、今の日本企業に不足している部分ではないでしょうか。顧客のニーズを重視しすぎて自由な発想ができない。ただし、昔は違いました。例えばウォークマン。あれは、当時ソニーの会長だった盛田昭夫氏のアイデアで、『音楽を外に連れ出して楽しむ』という完全に個人的な興味から生まれたまったく新しいコンセプトです」

長谷川氏は、誰でも多かれ少なかれアート思考が備わっていると考える。だとすると、自らの心が動く純粋な興味を追求することで、眠っていたアート思考が発揮されるのではないか。

「そうなれば、行き詰っているかのように見えるイノベーションもさまざまな分野で花開くかもしれません」

マルセル・デュシャン《泉》(1917)
© Association Marcel Duchamp/ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2022 X0148
提供:Bridgeman Images/アフロ


◆アートと深くつながる
 セゾン現代美術館

優れた作品を目の当たりにすることで、アートの価値や意義はより実感できる。

現代アートと出合える美術館へと足を運び、アーティスティックな直観力を呼び覚まそう。

心やすまる自然に囲まれ
現代アートに浸る

緑豊かな軽井沢にあり、自然と共生するような佇まいが印象的なセゾン現代美術館。

ここでは、現代アートを「既成概念を打破し、新たなものの見方を提示する芸術」と捉え、選りすぐりの名作を展示。特に、カンディンスキーやパウル・クレー、マン・レイなど現代アートの草創期を彩る歴史的なコレクションは必見だ。

セゾン現代美術館
長野県北佐久郡軽井沢町長倉芹ケ沢2140

展示風景(参考画像)
撮影:加藤健


※掲載の情報は2023年3月1日現在のものとなります。


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