「不易流行」から解くビジネスの今 ~個を活かし組織を強くするラストマン戦略とは~
多くの企業がDX=デジタルトランスフォーメーションに取り組む時代の転換期において、今、どのような人材が必要とされているのだろうか?
日本の伝統工芸界の出色の若手職人である三澤世奈氏と、プログラマーであり起業家の経歴をもつクレディセゾン取締役(兼)専務執行役員CDO(兼)CTOの小野和俊氏という両極の分野で活躍するトップランナー2人の対談から、めざすべき人材像と未来志向の働き方を探る。
Text:Natsuko Sugawara,Kumiko Suzuki
本質はそのままに
時代に合わせて見せる
小野
江戸切子職人と聞いてまずうかがいたかったのは、なぜ切子なのか。数ある伝統工芸のなかで切子を選んだ経緯を教えてください。
三澤
実は、最初はネイリストになりたくて将来ネイルサロンを経営しようと商学部でマーケティングを学んだんです。でも大学3年になっていざ選択するときに競争が激しいネイル業界で本当にやっていけるのかと迷っていました。自分がやりたいことは自分が得意なことで誰かに喜んでもらうこと。それならほかの分野でもいいのかもしれないと探していたときに出合ったのが、器に江戸切子を採用したポーラの美容クリームでした。瑠璃色のキラキラした器で、それを見たとき、江戸切子という伝統工芸の分野なのに全く違う商品になれるという可能性、圧倒的な物としての美しさ、それが手仕事であること、すべてがつながって「これだ!」と思ったんです。
小野
それで大学を出てすぐに江戸切子の世界へ?
三澤
その器を手がけていたのが弊社代表兼、親方の堀口徹で、すぐに弟子入りを志願したのですがタイミングが合わず。別の業界で働きつつも諦めきれず、3年後に弊社の求人募集を見つけて応募し、採用してもらいました。
小野
最初に見た江戸切子の作品が頭を離れなかった?
三澤
それと、親方の考え方の、良いものを今の時代に合わせて見せるということを率先して実行しているところにとても共感を覚えました。
小野
現代にどうフィットさせていくかという知恵や工夫は、特にこれからは必要なのかもしれません。
三澤
江戸時代後期からはじまって、まだ180年余りの文化ですけれども、時代時代で使う人も変わってきていると思うんですよね。
小野
実際、住んでいる住居とか内装とかライフスタイルとかも変わっていくなかで、江戸切子だけ変わらないということはきっとないのでしょうね。ところで修業というのは実際どんなものなのでしょうか?
三澤
修業というと親方の背中を見てるなんていう想像をされますけど、入ってすぐに簡単なカット作業を任されたり、即戦力として働きます。
小野
思ったより実践的なんですね。でも、すぐに自分が貢献できる場があるのは良いことだと思います。
不易流行のバランスが
高いユーザー体験につながる
小野
「不易流行」という言葉がありまして、「いつまでも変わらないこと=不易」と、「時代に合わせて変わっていくこと=流行」のバランスが大切だと日頃から思っているのですが、江戸切子でもそのような考えはありますか?
三澤
江戸切子職人でいうと、「切子というカットグラスで人々を驚かせて魅了し幸せにすること」が「不易=変わらない本質」で、それを「時代時代に合わせて提案していく」というのが自分たちのめざすところ、いわば「流行」でしょうか。
先人たちの作品を見ていると、最初の頃はモダンでシンプルだったのが、昭和になると煌びやかで嗜好品のようなものに意図してデザインチェンジしたりしていて、本当に時代時代に合わせていくということが職人としての当たり前の努力なのだと学ばされます。
小野
実は昨夜、三澤さんの作品を使わせていただきました。香りを集めるタイプのグラスということで、特に香りが大事なブルゴーニュの赤ワインを飲んだのですが、ちょうど親指が当たるところにカットが入っていて、そこに親指を乗せたらすごくフィットして、残りの4本の指はウェービーなカットに自然に当たって、デザインも素敵ですが、すごく気が利いているというか安定感がある。
そのあたり、実用の美もコンセプトにあるのでしょうか?
三澤
はい、まさにそういった意図で作っています。外形のガラスをデザインしたあとに実際に人に持ってもらって手形を取って、この辺が一番持ちやすいかな?と試行錯誤しています。
小野
おもしろいですね。ITの世界でも、人が実際どう使うかという部分に目が向けられていて、ユーザーテストをして事実と向き合っていくということを今盛んにやっています。驚いたことに伝統工芸でも同じように使う人のテストを繰り返したりするんですね。
三澤
やはり、誰のために作るのか、何のために使うのかということを非常に意識して作っています。
小野
なるほど、それが私自身が昨夜体験させていただいた親指がちょうど良いところに当たるというユーザー体験につながったんですね。
エンジニアと職人に共通する
ラストマン戦略
小野
「ラストマン戦略」という考え方を私は提唱しておりまして、簡単に説明しますと、例えば、コンピュータの世界で新人として飛び込むと、最初はレーダーチャートで見ると先輩の劣化版なんです。
でもあるニッチな領域に対して自分がナンバーワン、つまりラストマンになれたとしたら、最初から、ある分野では頼れる新人になれる。そういうふうに一人ひとりがこの分野のラストマンになると自覚して宣言することで、頼られるし誇りをもって仕事ができる。すると才能もさらに伸びていく。逆に向いてなかったらすぐやめて別のことを試す。
要するにそれぞれが強みをもつことでチーム全体が強くなっていくという考え方です。職人である三澤さんから見て、このラストマン戦略に共感する部分はありますか?
三澤
とても共感できます。ただ、うちの会社の場合は4人しかいないので苦手なこともやらなくてはいけない。それでもそれぞれの得意なことを回してあげるようにしていますが、やはりそのほうが全然成長が早いですね。
小野
ちなみに、4人の方はどういう役割分担なんですか?
三澤
まず親方は基本的には営業担当で、私と弟弟子と妹弟子の3人は主に加工を担当しています。
小野
例えば、後輩ではあるけれど、お弟子さんのほうが三澤さんより上だと思われるところもありますか?
三澤
ありますね。弟弟子は道具の技術革新に熱心で研究開発に非常に優れていて、妹弟子はとっても作業が丁寧で自分だったらこうはいかないというほど完璧に仕上げるので助かってます。
小野
以前、本にエンジニアを風林火山にたとえて書いたんですが、それが今のお話と似ています。とにかく作るのが早い人、これが風のエンジニア、情熱をもって新しい技術を取り入れていくのが火のエンジニア、プロジェクトがトラブルになったときに「まあ落ち着け」と冷静さを取り戻すのが林のエンジニアで、山のエンジニアは品質のテストに優れているタイプ。
それぞれにエンジニアの良さがあるから、お互い尊重したほうが物事がうまく回るという話なんですが、職人の世界でも個々の特性、多様性が全体の貢献につながるということでしょうか。
三澤
伝統工芸の世界はトップダウンのイメージが強いのですが、これからは皆が意見を言い合って共有することが大切で、うちの会社ではそうしています。個々のやりたいことを実現しつつ、会社全体も成長できればいいなと。
小野
お話をうかがっていると、伝統工芸というより普通の企業と変わらないイメージですね。若い人もそのほうが入ってきやすいかもしれない。三澤さんはどういう人材に来てもらいたいとか、育てたいとかありますか?
三澤
今、後輩2人を一生懸命育てておりまして、やはり2人の特性をしっかり理解して、先輩後輩ではなく一個人として対等に接したいと思っています。自分自身も学ぶことが多いので。
小野
個を大切にするという点は大変共感します。私が今作っているチームにはぶっ飛んだ人がいっぱい集まっているんです(笑)。
例えば、東大の医学部を出ているけど本業は油絵でデータサイエンティストとか、スマホのゲームを作らせると半分は日本一を取るんだけど周囲と争いが絶えない人とか。
大きな欠点はあるけど、ユニークで価値あることをひとつでも有している人。そういう人が活躍できるようにしないと会社自体も限界がくる。完璧ではないが突き抜けた人、クセはあるけど能力がある人ってすごく好きだし、そういう人材を大切にしたいですね。
海外から見た日本らしさ
職人的こだわりが生む価値
小野
今、目の前に作品が並んでいますが、ご自身のブランドを立ちあげられたんですよね?
三澤
はい、「日常に心地の良い切子」をテーマに自身のブランドを展開しておりまして、この2つは菊花(きっか)文(もん)、籠目(かごめ)文(ぶん)という代表文様をモダンなバランス感覚で表現したもの。一番シンプルなこれは「WAPPA」です。
職人の間でぐるっと輪を引くようにカットを入れることを「わっぱを引く」ということから名付けました。あとは、七宝(しっぽう)文(もん)という菱で丸を表現した文様がありまして、それを分解して再構築し、独自のパターンとして表現したのが「SHIPPO」です。
小野
今、日本酒が世界中で飲まれるようになって、それを意識してワインと近いデザインのボトルが作られたりしていますが、三澤さんの作品も海外で使われる可能性を秘めていますよね。
三澤
もともと江戸切子というのは英国のカットグラスに学んだ文化なんです。弊社ではその歴史から英国との交流をずっと続けておりまして、そのご縁から私の作品も英国のお店で取り扱っていただいています。
小野
英国の人と接してみて、日本の強みに気づかされることは?
三澤
そうですね、例えば、籠目文なんかは向こうでは全然日本らしくないんです。もともとこれは英国に由来するカットですから。逆にオリジナルのシンプルなものが日本らしさを感じると評価されたり。
海外では自分が思いもよらない理由で作品を好きになってもらえる可能性があるのではないかと感じています。
小野
私の前職ですが、セゾン情報システムズの経営者をやっていたとき、毎月1回アメリカへ行って支社の立ちあげをやっていたんです。そのときに、まさに自社の強みをいわれてハッとする機会がありました。
データ転送の「HULFT」というソフトウエア製品で、それがものすごく安定してたんですが、安定してるって超地味じゃないですか。ですが本当に安定していてバグが一切ない。
やはり日本の過剰品質の美学ですよね。徹底的にバグを減らすとか、転送品質を磨いて速く確実に圧縮して送るとか、ある種職人的なこだわりの行きついた先にある安定性がものすごい強烈な強みだから、そこをアピールしたらいいんじゃないかと指摘されたのを思い出しました。
三澤
ただ、伝統工芸は規模的な問題で多く作ることはできない。ですから、少ないものを海外から見に来てもらうしかない。そのための発信はSNSなどを使ってできる限りするのですが。
個の得意を磨き貫くことが
ビジネスで〝勝つ〟ためのヒント
小野
確かに手作業だと量産できませんね。すると、ビジネス的に世界で勝っていくのは難しい分野でしょうか?
三澤
私たちにとって「勝つ」というのは「残る」ということかなと。
小野
江戸切子も受け継ぐ人がいなければ、当然消滅してしまう。今、状況的にはどうなのでしょうか?
三澤
江戸切子職人全体で約100人おります。上の世代が引退してぐっと数が減りました。それで、入社したときに必ずする約束がありまして。「自分が教えていただいたことを、必ず一人以上に伝えるようにしよう」という。
小野
そうすればなくならない。
三澤
はい。とても大切なことで、特に「自分が教えるんだ」という意識で取り組むことはすごく重要なんです。
小野
バイオリズムというか、生き残ればいつか注目を浴びるチャンスが巡ってくるかもしれない。でも残らなければそういうチャンスも掴めない。確かに残ることは大切ですね。
三澤
伝統工芸の意義は、ひとりができること以上のことを皆でつないでいくことだと思うので、残すことが自分の役割を果たすこと、ひいては自分の成功でもあると思っています。
小野
話は戻りますが、ビジネスで勝つというとアメリカ的ですごくドミナントですが、今おっしゃった残ることが大切という考え方からも、わかりやすくて明確で硬い強さではなくて、もっとしなやかで、勝つことを意識していないけれど、いつかそれが選ばれるときには一人勝ちするような天然の強さ、そういう強さが日本らしい強さなのかなと。
先程のソフトウエアの話も、作戦ではなく、とにかくバグがなくて安心して使ってもらえるものを作りたい一心でやっていたんですよね。それが見る人によっては強烈なマーケティングメッセージになる。
アニメとか、iPhoneの背面の加工とか、日本が勝ってきたものは職人的で個人的なこだわりが世界で評価され成功する傾向があるように思います。今日、三澤さんとお話しして、それが日本的な勝ち方なのだとあらためて気づかされました。
※対談の掲載情報は2021年12月1日現在のものとなります。