〈ワインがもたらす豊かな時間・後編〉多方面から見るワインの楽しみ方
ソムリエの視点から
マリアージュの可能性を探る
マリアージュを最良のものとするためには、料理とワインの知識のほか、食する人の好みを理解し、場の空気を読む洞察力まで必要だ。
これを行うのがソムリエという職業。
長年、帝国ホテルでソムリエを務める伊藤靖彦氏に、究極のマリアージュとフレンチの枠を超えて広がるその可能性について語っていただいた。
※この記事は後編です。前編はコチラ
Text:Natsuko Sugawara
タイトル写真:©「COSTA NOVA」/日本総代理店 株式会社カサラゴ
一皿の料理と一杯のワインから
生まれる至高の味
あらゆるワインの専門知識を身につけ、ワインを楽しむ場を陰で支えるのがソムリエだ。そのソムリエにとって〝マリアージュの定義〞とはどんなものなのか? 帝国ホテルのシェフソムリエを務める伊藤靖彦氏はこう答える。
「料理とワインが口の中で混じり合うことで、味わいの余韻がより長くなります。互いの良さを引き出し、逆に欠点を打ち消すような組み合わせ、1+1が2ではなく3にも4にもなる。これがマリアージュではないでしょうか」
では、そんなマリアージュがソムリエをとおしてどのように生まれるのか。
「まず、ソムリエはシェフの料理を知らなくてはいけません。素材や調理法だけでなく、使われるソースまで細部にわたって。でもこれは字面だけではわからない」
「メインダイニング『レ セゾン』のシェフとは15年以上の付き合いなので、『ホタテのポワレ』と書かれているだけでどんなソースでどんな味に仕上がるのか想像できます」
「しかし、はじめて仕事をするシェフだと字面で味は伝わってこない。付き合いの浅いシェフとは何度か話し合わないと良いマリアージュは生まれないものです」
ときには付け合わせの種類によっても変わることがあるほど、ワインの選定は繊細だ。肉料理には赤、魚料理には白が定説だが、例外も多々ある。
「鶏肉でも出汁にバターを加えた白いソースならコクのある白ワインがいい。また、ジュヌボワーズという魚料理用の赤ワインソースがあって、その場合は魚でも赤ワインを合わせます」
「わかりやすいのはソースの色。ソースの色にワインの色を合わせるようにすると、良いマリアージュになりやすい」
さらに、人により飲む量も味の好みも違う。それらも考慮するのでソムリエの仕事はより複雑になる。
「少ししか飲めない方、赤ワインしか飲まれない方もいらっしゃるので、まずはお客様のご要望を先入観をもたずにうかがいます」
「ですからソムリエのいるレストランを訪れるときは率直にご自身の好みや飲みたい量を伝えていただきたい。さっぱりした白が好きとか、2人で1本飲みたいとか、だいたいでいいのです」
「もちろん一皿ごとにワインを選ぶのがベストですが、ソムリエはどんな状況でも最良のペアリングを提案します。ときには言葉でマリアージュを誘導したりもする。このワインは最初に酸味が来て、そのあと余韻に苦味が残りますというように」
ビジネスなのかプライベートなのか、場の空気を読むことも忘れない。
「ビジネスなら会話が主体です。黒子に徹してワインの提案も最小限にします。逆にご家族やご友人同士なら、ワインをすすめる際のやりとりで、その場の会話が盛りあがります」
お客様は嗜好に合った絶妙なペアリングを堪能しつつ、ソムリエが演出する心地良い空気感に浸る。これこそ極上のマリアージュではないだろうか。そんな伊藤氏のもうひとつの試みがワインのブレンディング(※)だ。
「2015年の帝国ホテル開業125周年記念に発表した白ワインの『峡(きょう)東(とう)』、帝国ホテルオリジナルラベルの『インペリアル グラン・レセルバ2014』のブレンディングを担当しました。どちらも和食に合わせやすくこれからの季節、ご自宅でご家族と味わっていただきたい」
「特に『峡東』に使用した国産品種の甲州は日本料理に合うことで知られています。理由はワインに含む鉄分。鉄分が魚介類の酸化を促し生臭さが出ますが、国産の甲州は鉄分が少ない。さっぱりした飲み口で魚本来のおいしさが引き立つので、甲州で造られるワインは寿司や刺身にも合います」
そう語ったあと「ただ、究極をいうと難しいですね……」と伊藤氏は続ける。
「寿司にしても、白身も赤身もいろいろ握ってもらうでしょう? だったらシャンパン、甲州ワイン、ロゼなど全部目の前に並べてネタに合わせて飲み分けたい。それが一番ですね(笑)」
つまり、一皿の料理に焦点を当て、ワインを厳選するのが究極のマリアージュというわけだ。料理の種類は無数、ワインの個性は多種多様。究極を求めれば求めるほど、マリアージュの可能性も無限に広がっていきそうだ。
3人の達人に聞く
ワインの楽しみ方
世界各地で造られるワインが個性豊かであるように、人とワインの付き合い方も多種多様だ。新たな楽しみ方を知れば、新たなワインの一面を知る。
ワインを知り尽くした達人たちに、一歩先を行くワインの楽しみ方をうかがった。
議論を交わしつつ飲むのがボルドー流
フランス人は日本人とは飲む量がまず違います。夏はテラスでよく冷えたスパークリングやロゼからはじめ、食事には白も赤もどちらも飲む。そして食後には甘い貴き腐ふワインをデザートに合わせたりします。
私が暮らすボルドー地方では、盛んに各自の好みをいい合い、質についても細かく議論をします。生産地・年代などのテーマを決めてブラインドで飲み、意見交換するディナー会を各家で催すのも恒例行事。文化的な社交の時間で、おしゃべり好きなフランス人にとって大切な時間です。
そんなボルドーの地で私もワインを造っています。偉大なワインを造るには自然な方法が近道だと感じ、テロワールと生物多様性を念頭にオーガニック農法で葡萄を育てています。
大地と向き合い畑仕事をしていると、つくづくワインは自然の恵みから生まれる飲み物だと感じます。私が造ったワイン「シャトージンコ」が皆さんの食卓に上り、議論や話の種になれば幸いです。
主役が替わるワインバーという飲み方
レストランとワインバーではどこが違うかというと、まず、レストランではソムリエがお客様の後ろからサービスをします。
でもバーではカウンター越しに向き合います。レストランでは料理を選んでからワインですが、バーではワインを選ぶのが先。あくまでワインが主役で、料理はワインを引き立ててくれます。
私の店では、ワインを選んだらチーズやサラミ、チョコレートなど、ワインに合わせて10種類から選べるお通しを出します。ほかにもサラダやパスタなどもありますが、あくまで脇役です。
食事の前に「ちょっと一杯」という人もいるし、食事のあとにワインが恋しくなって来る人も。金沢は和食店が多く、飲む酒は日本酒が多くなる。日本酒を飲むと口の中にその余韻が残り、ワインの酸味はそれを洗い流してくれる作用があるのです。
グラスであれこれ飲み比べる人もいれば、ひとりでボトル2本も空ける人もいる。人それぞれ自由にワインを楽しめるのも、ワインバーの醍醐味でもあります。
土地を写すワインが旅へと誘う
ここ10年ほどの間にワイン・ジャーナリズムの世界でよくいわれるようになったのは「ドリンカビリティ(スイスイ飲めること)」「ナチュラル(有機栽培か、自家酵母か、亜硫酸の添加量など)」「インディジネス(土地固有のブドウ品種)」「ミネラリティ」といった言葉。
つまり土地の個性を写した飲み口の良いワインが評価されはじめ、世界の生産者は大なり小なりそういったワインをめざすようになりました。
「ワインが土地を写す」ということは、ボトルの中に産地の美質を閉じ込めるということ。すなわち、ワインを飲むことはグラスを傾けつつバーチャルな旅をするということになります。
ワイン産地は、季節折々のブドウ畑の景観、ワイナリーやセラードア(試飲・販売所)への訪問など観光要素も充実し、旅のディスティネーションとしても成熟しています。
移動の自由が戻ってきたら、ぜひ世界のワイン産地を訪ねてみてください。旅のあとには、グラスの中で再び旅をすることもできます。
〈ワインがもたらす豊かな時間・前編〉マリアージュの余韻 はコチラ
※掲載の情報は2021年11月1日現在のものとなります。