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経営者に聞く革新のストーリー【木本梨絵氏】~vol.3~

先人から受け継いだ知見と経験を次世代に継承し、新たな技術により、さらなる革新へとつなげていく。
そんなリーダーたちのインサイドストーリーをご紹介。

    ◇

今回は、27歳で「株式会社HARKEN」を立ち上げ、ブランド開発の分野で人々を魅了する世界観を構築してきたクリエイティブディレクターの木本梨絵氏。
〝創造する〟ことをめぐる、現在に至るまでの自身の変遷を語っていただいた。

Text:Natsuko Sugawara
Photograph:Keisuke Nakamura

 

株式会社HARKEN クリエイティブディレクター
木本 梨絵(きもと りえ)

1992年生まれ。株式会社HARKEN代表。武蔵野美術大学特別講師、女子美術大学非常勤講師。
東京とロンドンを拠点に不可分な都市と自然の周縁を学ぶ。自然環境における不動産開発「DAICHI」を運営。旅、自然、日本文化に関わるさまざまな業態開発やブランドの企画、アートディレクションを行う。
グッドデザイン賞、iF Design Award、日本タイポグラフィ年鑑、ACC等受賞。

絵を描くことに支えられた幼少期

生まれは和歌山県。蜜柑しかないような田舎で育ちました。
勉強も運動もできない、なんの取り柄もない内気なこどもでしたが、絵を描くことだけは得意で。
小さな頃から「絵を描くことが私の存在価値」と考えていた。小学校へ入る前から美大に行こうと心に決めていたんです。
 
そんな幼少期の想いは成長しても変わらず、大学は武蔵野美術大学へ。ただし絵ではなくて、インテリアデザイナーである片山正通氏のゼミで空間デザインを専攻しました。
そこで学んだのはインテリアデザインの方法論だけでなく、もっと本質的なデザインのコンセプトの考え方。クリエイティブディレクターとしての素養を幸運にもインテリアのゼミで教わりました。

接客から始まりクリエイティブディレクターに

大学卒業後はインハウスデザイナーを目指してかねてから憧れていた株式会社スマイルズに入社します。ところが、クリエイティブ部門ではなくレストラン部門に配属が決まり、スープ屋さんやファミリーレストランでもうひたすら接客をする日々(笑)。
とはいえ、フロアで日夜ハンバーグを運びながらもお客様の一挙手一投足を観察して、「この店に足りないものは何か」をいつも考えていました。深夜にレジを閉めてから家でワーッと企画書を書いて、自主提案みたいなことをよくやっていましたね。
本社のデザイナーには憧れましたが、現場から見ると少し感覚が違うとも思っていた。やっぱり、現場でがむしゃらにお客様と向き合うからこそ気づくことってあるんです。
そういう現場目線、お客様目線で物事を見ることはこのとき学んで、今もその経験が活きているように思います。
 
その後は部署を異動しクリエイティブディレクターとして働くようになって、さまざまな仕事をこなしてきました。
デザインだけでなくイラストまで自分で描いて、企画書もたくさん作って、とにかく何でもやらせてもらいました。最高の環境で好きなことがやれて、好きな水彩画を描いていたら、それでお給料がもらえる(笑)。
本当に楽しい日々でしたが、ある日ふと「何だかうまく行き過ぎてるな」と思ったんです。

異動した頃は、デザイン経験のない若者だったのが、だんだんと会社の中で自分にできることが増えていく。
今までは猛ダッシュで階段を駆け上っていたのに、気づいたら踊り場をグルグル回遊していた、みたいな気持ち。このままここにいたら〝井の中の蛙〟になってしまうのではないかと感じ始めました。

コロナをきっかけに独立し新たなステージへ

ちょうどそのタイミングで新型コロナウイルスの感染者が増え始めて、それが独立の大きなきっかけになりました。というのも、コロナの影響を受けた飲食店などから個人的な仕事の依頼が殺到したんです。
最初は徹夜で副業をやっていましたが体力がもたず……。本業か副業か、どちらか選ばなくては到底やっていけないとなったときに、「会社にはほかにも優秀なデザイナーがいっぱいいるけど、副業のほうは知人のつてで頼ってくれている方ばかりで、私が助けなきゃ代わりがいない」と使命感を感じて。
不安もありましたが、覚悟を決めて独立しました。

社名は「HARKEN」。ドイツ語で「耳を傾ける」という意味です。
これは自分への戒めでもありますが、クリエイティブなことをしていると、エゴイズムが無意識に出てきてしまう。アーティストだったらいいけど、お金をいただいてデザインをして、それが社会に露出していくのであれば、やはりクライアントやお客様が何を思っているかを優先すべきです。
忘れてしまいがちなことなので、繰り返し人から意味を聞いてもらえる社名にすることで常に意識するようにしています。

現場を知り体験することの大切さ

2023年の秋にリリースしたスキンケアブランドなどはローンチまでの2年間、ひたすらリサーチを繰り返していました。
京丹後の黒米から作る発酵液を使っているのですが、京丹後の畑にクライアントと何度も訪れたり。「人生とは」みたいなことまで話し合いながら、ものすごく時間をかけてじっくりブランドの中身を作っていきました。
独立して4年経ちますが、最近はそういう仕事のやり方が多いですね。

今の時代、バーチャルな世界でとてもリアルに疑似体験ができますが、実際に現地へ行って気づくことはとても多い。
京都には吹く風にいくつもの種類があるとは耳にはするけれど、それがどんな風かは現地へ行って肌で感じてみないとわかりません。
こういう時代だからこそ、実際に体験するということの重要性を身にしみて感じます。
 
もうひとつ、仕事において大事にしていることは、自分のやりたいことから大きくブレる案件は引き受けないということ。自分自身でできるデザインの幅は狭くて、決してマルチに何でもできるわけではありません。
例えば、一般受けするすごくポップなデザインをお願いされても、そういうものは作れない。それを無理にやろうとすると自分の軸がずれてしまいます。
仕事を選ぶこともディレクションの一部であって、スタートの「選ぶ」を間違わなければクリエイティブの質は必ず良くなる。
それは4年間やってきて実感しています。

ずっと変わらないこと 大きく変わり始めたこと

小さな頃から絵を描くのが好きで、今も昔も、これからも何かを〝作る〟ことは続けていくと思います。
でも今、大きく考えが変わり始めているのは、何のために作るのかという点。
長くクリエイティブの仕事をして、誰かに求められて作ること、仕事で作る喜びは十分味わってきましたが、やはりそれではやりきれないこともある。仕事のスピード感に自分のマインドが追いつかない瞬間があるんです。
極端な話、プレゼンのために急いで情報をインプットして、2週間後にアウトプットするなんてこともこの業界ではよくあることです。でも、農業なんかだと土作りに4年もかけるようなことがある。
仕事を通してそういう時間軸で物事を突き詰める人に出会ううちに、私ももっと時間をかけてひとつのテーマを探求したいと思うようになってきました。

イギリスへ渡り純粋に〝作る〟と向き合う

そんな想いから現在は仕事を縮小してイギリスへ渡り、これからは大学院で文化人類学を学ぶ予定です。ロンドンを拠点に、それぞれの国の自然観を比較研究していきたい。
私は自然と人間は本来分離できないものだと思っていて、仕事でも自然に関わるテーマを専門にしてきましたが、私自身、自然に救われたと思うことがいっぱいあります。
そういう自分が心から興味を持てること、知りたいことを思う存分追求して、あらゆるインプットをした末に、不可抗力的な副産物としていつか何かを作るかもしれないし、作らないかもしれない。これはもう2週間とかの話ではなくて、10年、20年のスパンで取り組んでいきたいと考えています。
 
幼少期は自分の存在証明のために、仕事をはじめてからは社会のために、お金をもらうために、クライアントのために作っていた。それが30歳になってようやく本来的な純粋な〝作る〟に向き合える。
人生における〝作る〟の第3フェーズが、今来ているという感じです。

仕事は目的ではなく人生を自由にする手段

今あらためて思うのは、仕事はやりがいがあるけれども、それだけを人生の目的にすべきではないということ。むしろ仕事は、それ自体も存分に楽しみながらもあらゆる意味で人生を自由にするもの、人生の選択肢を広げるものです。
実際、私は仕事を続けてきたことでいろいろな気づきとあらゆる側面の自由を得て、海外の大学院で学ぶことになりました。人生というベースがあり、そのなかのひとつの要素として仕事やビジネスがある。
ただし、ひとつの要素ではあるけれども、生きていく上で強力なエンジンになり得ると思っています。


※インタビューの情報は2024年8月1日現在のものとなります。

株式会社HARKEN
【企業情報】
株式会社HARKENは、既にそこにある潜在的な価値を掘り起こす活動体です。ブランド開発にまつわる包括的なクリエイティブディレクションのほか、コンセプトメイキング、コピーライティング、アートディレクション、企画、執筆などを生業にしています。


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