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〈ビジネスから予測する 宇宙と人類の未来・後編〉新たな宇宙ビジネス

宇宙インターネットや衛星データ解析、スペースデブリ、そして、国内外でブームになりつつある民間人による宇宙旅行。

宇宙が切り拓く人類とビジネスの可能性について、後編では宇宙空間を利用したビジネスに焦点をあてる。

※この記事は後編です。前編はコチラ

Text:Kumiko Suzuki,Natsuko Sugawara
タイトル写真:アフロ

宇宙への新たな交通手段
〝宇宙エレベーター〟の可能性を探る

宇宙と地球を一本のケーブルで結び、ロケットを使わずエレベーターのように宇宙へ昇るという奇想天外ともいえる〝宇宙エレベーター〟。

宇宙ビジネスの可能性を無限に秘めたこの計画に、株式会社大林組は世界に先駆けて取り組んでいる。陣頭指揮を執る未来技術創造部部長の石川洋二氏に、その現在地をうかがった。

石川 洋二(いしかわ ようじ)株式会社大林組 未来技術創造部 部長
1983年、東京大学大学院工学系研究科航空学専攻修了。工学博士。大学院修了後に渡米し、レンセラー工科大学、NASAエイムズ研究センターの博士研究員として勤務。1989年、株式会社大林組入社。2019年に技術本部 未来技術創造部 上級主席技師、2022年に部長となり現在に至る。主な研究に「宇宙における生命の起源」、「月惑星居住計画」など。

宇宙にそびえ立つタワーが未来の宇宙ビジネスを切り拓く

きっかけは社内で制作している広報誌『季刊大林』だったという。当時、東京スカイツリー®の建設を進めていた株式会社大林組は、以前から研究者の間で議論されていた〝宇宙エレベーター〟を「究極のタワー」として着目。

2012年の東京スカイツリー®竣工に合わせて『季刊大林』に発表すべく、社内で各分野の専門家チームを編成し、1年間かけて壮大なる『宇宙エレベーター建設構想』を練りあげた。

その中心人物となったのが、未来技術創造部部長の石川洋二氏だ。

「広報誌の一企画として発表したのですが、国内外から大きな反響がありました。もし実現したら宇宙での活動範囲が格段に広がり、宇宙ビジネスの可能性も見えてくる。未来を見据えて、会社として実用化に向けて本格的な開発に踏み切ったのです」

では、その宇宙エレベーターとは具体的にどんなものなのだろうか?

「モノレールを思い浮かべてください。そのレールが下から上、つまり地上から宇宙へ伸びていて、その上を車両が昇っていくイメージです」


ケーブルは静止軌道から地上へ垂らされ、さらにバランスをとってその先の宇宙側へと伸び、
それをつたってクライマーが移動する。
ロケットのように大きな加速度がかからず、特別な訓練なしで宇宙を旅することができる。
提供:株式会社大林組

宇宙エレベーターの場合、レールにあたる部分がケーブルで長さは約10万㎞。車両はクライマーと呼び、6両編成で全長144mだ。

発着場であるアース・ポートをケーブルが固定しやすい赤道上に建設し、ここを出発点にして時速200㎞の速さで3週間かけて約10万㎞彼方の宇宙の終着駅へと向かう。

「途中にはところどころ駅があり、立ち寄ることも可能です。静止軌道※には国際宇宙ステーションの倍もある大きなターミナル(静止軌道ステーション)があって、ホテルのように滞在できます。そして、ここでは無重力の空間で宇宙観光が楽しめるのです」

これが未来の宇宙旅行のイメージだ。しかし、宇宙エレベーターがもたらすものは宇宙旅行だけではない。物資の輸送もロケットに比べ大幅にコストが下がり、しかも一度に大量の物を運べるようになる。各国で開発中の宇宙太陽光発電衛星、はたまた月や火星へ移住する〝宇宙植民〟においても大きな役割を果たすことができるという。

「さらにケーブルの遠心力を利用すればさまざまな可能性が広がります。ケーブルは地球の自転と同じ速さ、つまり高速で回転しています」

静止軌道にある静止軌道ステーションは国際宇宙ステーションの10倍で
約50人収容できる大きさ想定。
宇宙エレベーターを活用すれば、宇宙での大きな建造物の建設も可能だ。
提供:株式会社大林組

「例えば、宇宙エレベーターで人工衛星を静止軌道まで運び、回転するケーブルから放り投げるだけで、遠心力によって軌道上に投入することができる。約10万㎞先の宇宙で投げれば、木星や土星あるいは小惑星へ楽に探査機を送れます。宇宙で資源を探索し、それを宇宙エレベーターに載せて地球へ持ち帰る。そういったことも可能になってくるでしょう」

まるでSF小説さながらの乗り物だが、実際に完成するのはいつ頃なのだろうか?

「順調に開発が進めば、完成は2050年を予定しています。とはいえ課題は多い。例えば、ケーブルの材料として想定しているカーボンナノチューブという素材。これは引っ張られるのに耐える力が鉄の100倍強いとされています」

「しかし、現在作られているのはまだ10㎝、20㎝ほど。一足飛びに10万㎞の長さのカーボンナノチューブを作れるとは思えません。まず先に地上で多量に使われ、材料としての信頼性を高め、さらにはコストも低くならないと宇宙エレベーターへの実用化は不可能です」

「そう考えると、宇宙エレベーターはひとつの目標ではありますが、そこに含まれる技術は地上でも応用され世の中の発展に役立つ。それが、宇宙エレベーターを開発するもうひとつの意義でもあるのです」

地上での発着場となるアース・ポートは赤道上の洋上にあり、海底トンネルをとおって行く。
陸地にはホテルや研究所が立ち並び、近未来的な観光都市になると考えられる。
提供:株式会社大林組

さらに、宇宙エレベーターの真価は「発想の転換」にあると石川氏は言う。

「われわれ建設会社がタワーを建設するとき、基本的に下から積みあげて作っていきます。宇宙エレベーターを作る場合、くねくねしたケーブルを重力に逆らって地上から立ちあげるのは難しい」

「そこで、宇宙から地上へケーブルを垂らすという建築においては真逆の発想が生まれました。もうひとつ、クライマーで昇っていくと、どんどん体が軽くなり、静止軌道に着くと重力はゼロになります。体がフワフワ浮く状態です」

「さらに昇っていくと今度は反対側に重力がかかり、天井を歩くようになる。こういった普通では理解しにくい力学的な現象も、宇宙エレベーターの旅からは学ぶことができるのです」

技術革新から固定概念を覆す発想まで、宇宙エレベーターからスピンオフされるものはこれからも数多くあるだろう。今後の研究開発に注目しつつ、宇宙エレベーターのある未来を心待ちにしたい。


宇宙旅行がもっと身近に
民間の宇宙船で誰もが飛び立てる

スペースX 社の宇宙船「クルードラゴン」。
ISS とのドッキング機構や生命維持システムなどを備え、7人まで搭乗可能。

宇宙開発といえば、かつては国家レベルで宇宙開発競争が繰り広げられていたが、現在では民間企業が続々と参入し、一般の人向けの宇宙旅行パッケージまで登場している。

交通手段である宇宙船も各企業の開発が進んでいるが、なかでもイーロン・マスク氏率いるスペースX社が他社に先駆けている。

2020年5月には自社で開発した宇宙船「クルードラゴン」で、民間企業初の有人飛行に成功。その後も、定期的にISS(国際宇宙ステーション)への有人飛行を行い、21年9月には民間人のみの地球軌道周回飛行も実施。ますます宇宙旅行を身近なものとした。

さらに、23年には月旅行も計画。現在はそのために月面着陸を可能にする完全再使用型の超大型ロケット「スターシップ」を開発中だ。

また、宇宙旅行にはISSに数日間滞在するものや月旅行のほか、高度100㎞の無重力を体験する小宇宙旅行もある。こちらはヴァージン・ギャラクティック社が実施し、約3分間の無重力体験を成功させた。

宇宙船はロケットで打ちあげず、母機によって上空へ運ばれる「スペースプレーン」と呼ばれるもの。飛行機に近く、より手軽な宇宙旅行のイメージだ。


宇宙空間でのビジネスの今
世界を変えていく新たな価値

大量の人工衛星を宇宙に配置したり、国際宇宙ステーションで映画撮影や動画配信をしたり、世界的に〝新しい宇宙の使い方〟が次々と開発されている。その最前線を国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の上村俊作氏の話からひもといてみる。

上村 俊作(かみむら しゅんさく)
JAXA新事業促進部事業開発グループ グループ長/プロデューサー

九州大学卒業後、宇宙業界へ。中小企業・東大阪衛星プロジェクト、ロケット機体広告、国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」民活・有償利用など外部・民間連携に注力。文部科学省、宇宙教育を担う公益財団法人日本宇宙少年団、株式会社電通に出向。約3年間、民間出身理事長の秘書を務め、人事部を経て現職。現在、民間との共創型研究開発プログラムJ-SPARC を通じて宇宙ビジネス創出をめざす。地域振興、教員免許を活かした青少年教育活動にも熱心。

夢から現実のビジネスへ
イノベーション創出をめざす

宇宙に関する人類の夢は、もはや夢ではなく現実といえる。そう思わせてくれるのが、2018年に始動したJAXA宇宙イノベーションパートナーシップ「J-SPARC(ジェイ・スパーク)」だ。

これは、JAXAと民間企業とのパートナーシップ(共創)型の技術開発・実証を行う研究開発プログラム。背景には、政府が民間ビジネスを後押しする法律成立や産業ビジョンの発表があったと、上村俊作氏は語る。

「18年、政府が宇宙ベンチャーを支援する新しい施策を掲げ、それにともない国の研究開発機関であるJAXAも、J-SPARCを立ちあげました。宇宙ビジネスを構想している企業と対話、伴走しながら、主に事業化に向けた技術的な支援などをしています」

「大きな目的は2つあり、ひとつは民間事業者の新しい宇宙関連の事業を生み出していくこと。もうひとつは、新しい技術を得て、民間と連携したJAXAの将来ミッションも創っていくことです」

宇宙ビジネスを共創するため、J-SPARCは企画段階から民間事業者と一緒に取り組んでいる。分野もロケットや人工衛星のみならず、宇宙旅行やエンターテインメント、衣食住と幅広い。また、モノ作りのハード面だけでなく、衛星データの活用やAI解析などのソフト面にも及ぶ。

「始動以来、300件以上の問い合わせがあり、そのうち、われわれとして貢献しうる事業件を共創しています」

「共創プロジェクトには、他分野で実績のある自社技術を宇宙分野にもち込み、顕在マーケットで競争力獲得を狙う事業や、厳しい宇宙環境下の革新技術を獲得し、潜在マーケット開拓を狙う事業などがあります」

人工衛星による情報は、農林水産業はもちろんのこと、行政サービスへの活用、
小売店業績予測、先物投資情報提供など多種多様な分野で活用されている。
©JAXA

めざす宇宙事業においてJ-SPARCの主なテーマは3つ。まず、地球観測やAIなどで「地上の社会課題を解決する」こと、衣食住やコンテンツなど「宇宙を楽しむ」こと、そして月・惑星探査、軌道上サービスなど「人類の活動領域を拡げる」こと。

そのひとつ、地上の社会課題の解決について例をあげると、人工衛星からのビッグデータを活用した株式会社天地人のスマート農業事業がある。JAXAがもつデータを利用して水田の水温を管理し、農家の負担軽減とタイムリーな水量管理をめざす。

「ほかに九州の株式会社QPS研究所と九州電力が提携し、今まで人海戦術だったダムの管理を、衛星データを活用することによりインフラ管理業務の高度化・効率化をめざしています」

「衛星データは万能ではないので、地上で得たデータと組み合わせなくてはならない。AIで解析をいかにし、どうソリューションにつなげていくかが、今後の衛星データビジネスでは鍵となるでしょう」

宇宙を楽しむこと、というテーマでの成功例としてあげられるのはKIBO宇宙放送局だ。世界初、宇宙との対面型リアルタイム双方向ライブ配信を実現した宇宙番組スタジオである。

地球のまわりを周回する衛星コンステレーションのイメージ。
複数の人工衛星を協調して動作させ、通信など特定の機能やサービスを達成する。

「宇宙飛行士が長期滞在している国際宇宙ステーションには、『きぼう』という日本実験棟があります。そこを民間に開放しようということになり事業アイデアを募ったところ、株式会社バスキュールという会社が目をつけた」

「22年の年始には、宇宙ステーションと地上をつないで〝宇宙の初日の出〟を生中継し、NFTの初企画もしました」

さらに人類の活動領域を拡げる、というテーマをあげてくれたのは、スペースデブリ(宇宙ゴミ)除去の問題だ。

使用済みになったり、故障した人工衛星やロケットは軌道上でスペースデブリとして残る。
宇宙に危機をもたらす問題だが、ビジネスのチャンスともいえる。©JAXA

「スペースデブリ除去にはさまざまな方法があり、JAXAの研究開発成果を活用しているのが株式会社ALE。22年に超小型衛星を打ちあげて技術実証する予定です」

「デブリ問題に限らず、宇宙生活の課題を解決することは地上生活の課題の解決にもつながると考えています。そのプロジェクトが、募集事業者6社共催の『THINK SPACE LIFEアクセラレータプログラム2021』。この活動から生まれた商品が店頭に並ぶこともあるかもしれません」

宇宙と地上、双方の暮らしをよりよくするための事業創出も、これからの宇宙ビジネスを牽引していくだろう。


〈ビジネスから予測する 宇宙と人類の未来・前編〉宇宙飛行士に聞く はコチラ


※掲載の情報は2022年2月1日現在のものとなります。


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