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〈心と身体を揺さぶるオペラ・前編〉至高なる芸術の融合

日本語では「歌劇」と訳されるとおり、オペラは歌で進められる劇だ。その歌のみならず、オーケストラによる演奏や演劇、舞台美術など多くの芸術的要素が融合し、私たち観客の全身に訴えかけてくる。

そんなオペラの魅力を昭和音楽大学教授の石田麻子氏にうかがった。

※この記事は前編です。後編はコチラ

Text:Rie Tamura
タイトル写真:パリ・オペラ座 Ⓒphotogolfer - stock.adobe.com

石田 麻子(いしだ あさこ)昭和音楽大学 教授・オペラ研究所 所長/
東京藝術大学大学院音楽研究科 オペラ専攻 非常勤講師

『日本のオペラ年鑑』編纂委員長、科学技術・学術審議会学術分科会専門委員、文化審議会文化政策部会委員などを務めている。著書に『クラシック音楽家のためのセルフマネジメント・ハンドブック』(日本語版監修、アルテスパブリッシング)、『芸術文化助成の考え方~アーツカウンシルの戦略的投資』(美学出版)などがある。東京藝術大学大学院音楽研究科博士課程修了、学術博士。

歌声が物理的に身体を揺さぶり、同時に心を揺さぶる。
それが人間の声の魅力である。

芸術的要素が高い完成度で
融合する〝総合芸術〟オペラ

コロナ禍でイベントやコンサート、舞台などの開催や入場が制限されてから、オンラインでライブ配信を視聴するという新しいスタイルが浸透しつつある。しかしながら、生で観るからこそ、真価がわかる芸術も多い。

その代表例が、オペラである。

オペラはよく「総合芸術」と称される。昭和音楽大学の教授であり、オペラ研究所所長を務める石田麻子氏は、オペラの総合芸術たるゆえんを次のように語ってくれた。

「いろいろな芸術的要素がバランスよく絡み合って、ひとつの芸術が成立することがオペラの最大の魅力です。では、その要素とは何か。大きくいえば、まず音楽です。それから演劇、舞台美術、舞踊が入ることもあり、そして最近では映像ですね」

「そういった多くの要素が高い完成度で融合する。それが必須となる舞台芸術ですので、オペラは総合芸術といわれるのです」

オペラでは、登場人物のセリフ、あるいは感情を「歌うこと」で表現しながらストーリーが進行する。マイクをとおさない、その生の歌声こそがオペラの醍醐味だ、と石田氏は語る。

「歌は、音楽と言葉が融合して初めて成立するものですよね。それが一つひとつつながって、壮大な物語を描きだすのがオペラなのです。物語を紡ぐのは歌手です。歌手たちの身体は、いわば楽器。その楽器がどう鳴り響いているのか素直に楽しんでいただきたいと思います」

「優れた歌手であれば、声が客席まで直接飛んできますし、会場に柔らかく響きわたらせることもできます」

「歌声が物理的にも心理的にも聴き手の心と身体を揺さぶる。そういう瞬間を感じることができるはずです。それが人間の声の魅力なんだ、という気づきをぜひ劇場で得てください」

歴史をひもとくと、オペラは16世紀末、古代ギリシアで演じられた悲劇の復興をめざした、イタリア・フィレンツェの文学者や音楽家の小さなグループ「カメラータ」による活動から始まったとされる。

残念ながら当時の作品は現存しないが、1600年以降の作品は残り、今に伝わっている。

イタリアのミラノ・スカラ座。
1778年の開場以来、ヴェルディ作曲『オテロ』やプッチーニ作曲『蝶々夫人』など、
数々の名作オペラがここで初演されている。オペラ界における最高の殿堂。

「最初は、王侯貴族が城内の広間や劇場で上演して、作曲家を保護しながら発展していきました。ほどなくイタリア・ヴェネツィアなどを中心に公開劇場が設置されるようになります。17世紀から18世紀にかけて『バロック・オペラ』が多数作られていた時代を経て、18世紀後半になるとモーツァルトが現れ、数多くの名作を書いていきます」

「インプレザリオと呼ばれる力のある興行主が現れて、作曲家に作品を依頼して盛んに上演されるようにもなっていきました。こうして次第に王侯貴族の手から、民衆が劇場で楽しむ時代に移っていくのです。オペラは、公演の規模や総合性を理由に、社会の影響を大きく受けてきました」

発祥の地イタリアだけではなく、ドイツやフランスなどでも、それぞれの国の言語によるオペラが作られるようになっていき、ヨーロッパ各地でさまざまな物語を題材にした作品が生みだされていった。

東洋を舞台にした『蝶々夫人』『トゥーランドット』なども人気を博していく。今や日本やアジアでも上演されるようになったが、現在、アメリカもその中心のひとつだという。

「劇場が上演の主体となり、その劇場をどうやって支えるか、というようなことも時代の変遷とともに変わってきました。ご承知のとおり、今の劇場には、公的な機関がお金を出しています」

「ところが、アメリカでは税制優遇があるため、寄付者がたくさんいて、そのパトロンたちが劇場文化を支えるというような構造にもなっています」

「劇場のあり方にはお国柄が出ますので、その辺りのことも知っていただくと、オペラの楽しみ方がまた変わってくるのではないかなと思います」

長年の間に、物語のテーマや音楽の様式が移り変わってきたオペラ。だが、ずっと変わらないものがある、と石田氏は指摘する。

「いつの時代も、まず注目されるのは歌手ですね。その歌手たちがいかに自分たちの声の魅力を発揮できるか、ということが常に大きな焦点になってきました。それがオペラの歴史の変わらざる核心部だ、というふうにいえるのではないでしょうか」

ミュージカルや歌舞伎との決定的な違いとは

オペラは、ミュージカルや歌舞伎といったほかの舞台芸術と比較されることがある。その違いについて石田氏が解説してくれた。

「舞台芸術の総合性という意味では、いずれも変わらないと思います。ただし、例えばミュージカルは、オペラから派生した喜歌劇である『オペレッタ』から変わっていった舞台芸術ですが、オペラとは異なり、非常に激しいダンスを演じ手に要求するところがありますね」

「歌とダンスのバランスが半々ぐらいの割合かなと思います。また、一番の違いはやはりマイクを使うということではないでしょうか」

「一方、歌舞伎は、実はオペラと同じ頃に生まれたとされていますが、歌唱が伴うかどうかという点が大きく違います。遠くに声を飛ばすという意味ではオペラと似ていますが、それが歌かどうか、と問われると、身体を楽器として使い、歌唱するという行為とは違うのではないかなと思います」

「それから、もうひとつ異なるのは、歌舞伎は男性だけで演じるということ。男性しか出演しない作品もありますが、オペラの基本は男声と女声で描くドラマですからね」

モーツァルト作曲『魔笛』第2幕で、夜の女王が娘のパミーナに対し、
宿敵ザラストロを殺すように迫るシーン。
このあと〈夜の女王のアリア〉が歌われる。
提供:東京二期会/撮影:西村廣起

では実際に、鑑賞するオペラをどのように選べばいいのだろう。演目や歌手で選ぶのもいいが、劇場で選ぶのもツウだ。オペラに適した舞台の形状や音響を有する劇場を石田氏に挙げてもらった。

「オペラを観るなら、新国立劇場と東京文化会館にはぜひ足を運んでいただきたいなと思います。関西では、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール、兵庫県立芸術文化センター。また、横須賀芸術劇場や、新しくできた札幌文化芸術劇場hitaruもすばらしい劇場です」

「海外なら、ミラノ・スカラ座、パリ・オペラ座、ウィーン国立歌劇場、バイエルン州立歌劇場、メトロポリタン歌劇場など、挙げればきりがありません。その街に行く機会があれば、ぜひ訪れていただきたいです」

オペラ歌手にかかれば、「劇場自体が楽器のようになる」と石田氏はいう。そんな生の歌声を、そして、あらゆる芸術の粋が詰まった〝総合芸術〟オペラを全身で体感したいものだ。


〈心と身体を揺さぶるオペラ・後編〉4つの要素からひもとく〝総合芸術〟としてのオペラ はコチラ


※掲載の情報は2022年6月1日現在のものとなります。


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