ラグジュアリーな体験 ~人生を豊かにする贅と美の時間~
通常は一般公開されていない庭園を特別に拝観したり、予約が取れない極上のレストランで舌鼓を打ったり。そんな一期一会の体験を愉しめる旅が注目されている昨今。
日本文化の魅力を数々のサービスを通じて紹介している会員制コンシェルジュサービス、「クラブ・コンシェルジュ株式会社」代表取締役社長の宮山直之氏に、ラグジュアリーな体験ができるさまざまな旅をリコメンドしていただいた。
Text:Kumiko Suzuki,Miwa Matsumoto
タイトル写真:大谷山荘 別邸 音信
一歩踏み出す〝体験旅行〟で
極上の文化と食に触れる
時代はスモールラグジュアリー
〝量より質の旅〟へとシフト
「日本の文化には世界に誇るべきすばらしいものがたくさんあって、その魅力を継承する中興になりたいと考えています。日本の文化を世界の知的富裕層の方々に愉しんでいただくことは、何より文化を支える礎になります」
そう語るのは、「ニッポンの贅と美」をテーマに、顧客のリクエストと好奇心を満たす知的創造を進めてきた宮山直之氏だ。
会員制コンシェルジュサービス設立から19年にわたり、富裕層ビジネスに従事。ライフスタイル型のさまざまなコンテンツが詰まった会員誌『ClubConcierge』の発行人・編集長も務めており、宮山氏自身の経験から旅のトレンドをこう分析する。
「以前は団体旅行や社員旅行などが多かったのですが、今は個人旅行の時代になりました。それを受け、旅館などもずいぶんと変わってきている。本当に魅力的なものを増やしているのです」
例をあげてくれたのが、高級旅館として知られる2軒の宿だ。
「山口県の長門湯本温泉に『大谷山荘』というすばらしい旅館があるのですが、2部屋をひとつにし、さらに露天風呂を備えたタイプにリノベーションしています。大分県の由布院温泉にある『亀の井別荘』でも、部屋に豪華な露天風呂が造られているといいます」
「これはどういうことかといいますと、個人旅行では安らぎや癒やしを求める傾向にあり、家族や恋人とのプライベートな時間を大切にしていることが読み取れます」
「特に海外の富裕層の方々は、知らない人と一緒にお風呂に入ることはしたくない。これからはそのようなスモールラグジュアリーホテルが、独り勝ちしていく時代になるのではないかと思っています」
次に宮山氏が指摘するのは富裕層が求める旅の内容だ。今求められているものは、〝文化体験、食、自然〟。なかでも人気なのは、〝文化と食〟を組み合わせたコンテンツ。
通常は入れない場所での特別拝観、予約の取れない料亭やお茶屋で美食を味わう企画が最も好まれている。ほかに、自然を満喫できる冬のスキーや夏のラフティング、アートを見に行く企画も人気だという。
「多くの富裕層の方々は、ホテルや旅館に泊まるということより、その地域に行って何をするか? ということを最も大切にしていると思います。そのうえでやはり一番いい宿を見つけて泊まる、という順序なんですね」
国内外問わず、富裕層が求めるものは〝文化体験、食、自然〟。そして〝安いものから価値のあるもの〟、〝量より質〟へとシフトしているようだ。
通常ではできない特別な体験を
可能にするキラーイベント
では具体的に、どんな体験ができる企画があるのだろうか?
宮山氏に、2022年に行われる予定のおすすめイベントを教えてもらった。まずあげられたのは、京都府の南禅寺にある「對龍山荘(たいりゅうさんそう)」を訪れる企画で、通常は非公開の庭園を特別に拝観することができる。
「南禅寺界隈別荘は明治から昭和初期にかけて財界人が財力を注ぎ込んだ別荘庭園群で、6千坪とか1万5千坪などの広大なお屋敷ばかり。そのひとつの『對龍山荘』を特別に参観させていただいております。一般公開はしていないのですが、われわれのルートで実現することができました」
「それから佐賀県の武雄温泉にある『御宿 竹林亭』に宿泊して、チームラボが手がける『かみさまがすまう森』を見に行くというイベント。
敷地内に創られた御船山楽園にデジタルアートの作品群が展示されます。毎年開催しているのですが、予約が取れない旅館なので非常に人気です」
また歴史探訪のイベントでは、日本遺産に指定されている能島村上海賊の海域をめぐる旅もおすすめだという。
「私も行きましたが、ワクワクするくらいおもしろかった。近隣に伝説的ホテリエのエイドリアン・ゼッカさんが関わった新しい旅館『Azumi Setoda』があって、そこに宿泊できる企画が申し込めるようになっています」
ユニークなものでは、伊勢神宮の特別参拝と「はちまんかまど」に行く旅をリコメンド。伊勢神宮の御正宮は入ることができないため、外からお参りするしかない。ただ、より神様の近くで参拝する方法があり、そうした企画をしている。
また、「はちまんかまど」は海女小屋のことで、海女が潜って捕ってきたサザエやアワビなどの食材を炭火で焼いて味わうことができる。さらに海女が踊ってくれるサービスもあり、海外の参加者からも人気を博している。
「もうひとつは京都府の保津川の舟遊びと嵐山吉兆での宴という企画で、これは18年間継続しているイベントです。『京都吉兆嵐山本店』の前から舟を出し、竹竿を使って川を下るのではなく上流に上る。そして、上流で一調一管(いっちょういっかん)という雅なパフォーマンスを愉しむんです」
「こういう通常はできないようなサービスを、われわれは可能にしています。そのほか予約できないレストランをリザーブして、毎月ウエブサイトでも提供しています」
贅沢を愉しみ美意識を磨く そこから人生の指標が生まれる
宮山氏がリコメンドしてくれたような貴重な体験旅行は、旅が終わったからといって完結するものではない。
なぜなら、この体験こそがのちの人生を豊かにしてくれるからだ。だからこそ、少し背伸びしても本物を追求することが重要だと、宮山氏は語る。
「私もサラリーマン時代に背伸びして箱根の『強羅花壇』に泊まってみましたけれども最初は高いな、という印象でした。ですが、そういう体験を経ることによって本物がわかっていくんです」
当然のことながら最初は贅沢なように感じられても、実は、それが人生の大切な指標になるという。
「宿については一番いいところに泊まるのがおすすめです。いい宿に泊まると自分のなかでひとつの指標ができて、次に泊まったところがいいのか悪いのかが判断できます」
「自分がジャッジマンになれるんですね。それから文化に触れる、という体験が大切です。体験することでひとつの価値観をもつことができる。美意識を向上させてくれますし、すべての物事に対する考え方も良くなってきます。贅沢を愉しむ精神をもって本物を追求していくと、いろんなことに対して先が見えてくるんじゃないでしょうか」
「ビジネスマンの方なら、その経験が仕事にも生きてくるのではないかと思います。人生は長いようで短い。今まで体験したことのない一歩踏み出した旅で、ぜひ人生を豊かなものにしてください」
日本の美しい文化に触れ、生涯忘れられない体験をする。それこそが、究極の旅の醍醐味なのかもしれない。
体験という得難い財産
時を超える本物との邂逅
脈々と受け継がれる歴史や伝統を求め、本物との出合いによって磨かれる感性や美意識は真に価値ある人生をもたらします。
開湯600年の名湯とモダニズム
世界の要人をも魅了する日本の粋
かつて上皇上皇后両陛下(当時、天皇皇后両陛下)がご宿泊になり、2016年には日露首脳会談の舞台となった由緒ある老舗湯宿が「大谷山荘」。
開湯600年の長門湯本温泉は、古から寺湯として受け継がれ、江戸時代には藩主毛利公も繰り返し湯治に訪れた名湯。
大谷山荘の別邸「音信」は、原点の湯治宿を礎にモダニズムを融和させ、日本文化の〝粋〟に独自の解放感、高級感を組み込んだ。
広々とした館内に、大切なゲストを迎える客室はわずか18室。豪華にゆったりと設計され、全室に源泉かけ流しの専用露天風呂を備える。
三方を海で囲まれた山口県は、知る人ぞ知る海の幸の宝庫。和食や魚介料理とのマリアージュがすばらしいシャスラワインとともに、心ゆくまで堪能したい。
十五代坂倉新兵衛の窯を訪ねて
作陶の真髄に触れる
萩藩の御用窯として1604年に開窯した萩焼は、高温の炎によって出現する「窯変」が深い趣を添え、古くから数多の茶人や武将に珍重されてきた。
宗家当主で山口県指定無形文化財「萩焼」の保持者でもある十五代坂倉新兵衛氏は、「萩焼はもともと暮らしのなかで使われてきた焼き物です。
機能美のなかに、私なりの世界を作りあげてきました」と静かな口調で語る。萩焼の歴史や伝統に触れ、器との一期一会に期待が高まる。
使い込むうちに、薄い色の地に茶渋で独特の線が浮かびあがるという「七化け」も愉しみだ。
よみがえる村上海賊の記憶
能島に上陸&潮流クルーズ
かつて、日本の中心が奈良や京都であった頃、瀬戸内海は社会や文明、交易(経済)を支える大動脈だった。
日本最大の海賊「村上海賊」は、激しい潮流や難所を知りつくし、瀬戸内海の覇者となった。彼らは、襲い奪うのではなく、海上交通・運輸に独自の秩序をもたらし、航海の安全や穏やかな暮らしを守ったといわれる海賊。
しまなみ海道には、彼らの足跡が今も残る。能島村上家の本拠地だった能島城跡もそのひとつ。その面影を求めて瀬戸内海をめぐり、渦巻く潮流とともに味わってみよう。
古の面影を残すしまなみ海道
新旧の融合する数寄屋造りの宿
大小多くの島々が点在し、青く澄んだ美しい瀬戸内海の景色が広がるしまなみ海道。
その海道沿い、豊かな土壌に恵まれた生口島の瀬戸田に佇む「Azumi Setoda」は、伝説的ホテリエのエイドリアン・ゼッカ氏らが手がけた新ブランド。建物は製塩業や海運業で財を成した江戸期の豪商・堀内家を、数寄屋造りの思想に基づき、新旧の融合するおおらかで趣のある旅館として蘇らせたもの。
客室は日本旅館の要素を基調に、現代の機能美を取り入れた癒しの空間。それぞれに檜の湯船を備え、まるで我が家にいるかのようにくつろぐことができる。
ダイニングでは、国際色豊かで豪快かつ繊細なハレの日の料理がテーブルを彩る。海運によって、遠い異国の食文化がもたらされた時代に想いを馳せたい。
※掲載の情報は2022年3月1日現在のものとなります。