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ストーリーテリングの匠たち ~魅せる話の構成力~

ビジネス用語としてもよく耳にするストーリーテリング。
では、社会現象を引き起こすようなドラマは、どのようにして生まれるのだろうか。

脚本家・八津弘幸氏にお話をうかがった。

Text:Miwa Matsumoto

八津 弘幸(やつ ひろゆき)脚本家
1999年に脚本家としてデビュー。大胆な構成力とエンターテインメント性をベースにした重厚な人間ドラマだけでなく、笑って、泣ける人情ドラマを手がけてきた。主な作品に、連続テレビ小説『おちょやん』『ミス・ジコチョー~天才・天ノ教授の調査ファイル~』『家康、江戸を建てる』(NHK)、『半沢直樹』『陸王』『下町ロケット』『LEADERSⅡ』(TBS系)、『家政夫のミタゾノ』(テレビ朝日系)、映画『ラプラスの魔女』など。

現場の熱量がドラマのクオリティを押しあげる チームを重視した、しなやかな脚本作り

ビジネスでもプライベートでも、何かを提案したり伝えたりする場合、理論や数字に説得力はあっても、相手の心に響くとは限らない。

八津弘幸氏は2013年に放映されたテレビドラマ「半沢直樹」で、平成の最高視聴率をたたき出した脚本家であり、以降も「下町ロケット」「陸王」など、見ごたえのあるドラマで高評価を得ている。

視聴者の心をつかんで離さない作品やそのテーマは、どのようにして生まれるのだろうか。

「ドラマ作りに携わった皆さんのお陰で、そういう結果になったと、本心から思っています。テーマは、仕事を依頼されるときに、ある程度決まっている場合が多いですね」

「オリジナル作品のときも、こういうおもしろそうな話があったね、こういうネタっていいよね、というところから入って、テーマはあとから浮かびあがってきます」

原作を脚本に落とし込む際、八津氏が重視しているのは、原作のどこを一番おもしろく見せたいのか、一番いいたいのは何なのか、ということだという。

「原作が大切にしている部分は変えないようにしています。半沢というキャラクターは、僕がふくらませた部分だけではなく、演じた堺雅人さんや演出が肉付けしたことが大きい」

「例えば、『倍返しだ』という言葉は、原作でも1~2回出てきます。ドラマでは、半沢の決め台詞として使いましたが、正直なところ最初は迷いました。『やられたら、やり返す。倍返しだ。』って、一歩間違えると、よからぬ響きになるのではないかと。でも、そのほうが人間臭いかなという部分もある」

「その言葉を、堺さんによって、見事に何の違和感もなく格好いい台詞に変えてもらいました」と当時を振り返る。

俳優の演技によって、ストーリーが変わることもあるのだろうか。

「現場の熱量があがるならば、脚本を変えても構いません。そのほうが、ドラマのクオリティも確実に高くなるはずなので、変に意固地にならないようにと、いつも思っています」

「実際に撮影してみたら、役者さんがとってもいい感じなので、もうちょっと場面を増やせませんか、といったような現場でのリクエストには、できる限り応えるようにしています」

魅力的な脚本を書こうと思っていても、オンエアされて世の中の何百万人が見たときに、どう受け止めるかは、誰にもわからない。

だから八津氏は、監督やプロデューサーと打ち合わせを繰り返し、俳優の声にも耳を傾ける。それらを積み重ねて、現場でおもしろいと思ってもらえるものを書くことが、八津氏のなかのひとつのバロメーターになっている。

チームがあってこそ、と語る八津氏の姿勢は、彼の描くドラマと重なる。記憶に新しい作品では、20年11月から21年5月まで放映されたNHK連続テレビ小説「おちょやん」がある。

女優をめざす主人公の竹井千代が、厳しい試練に見舞われても乗り越えていく、骨太で遊び心も感じさせるドラマだった。

「モデルにさせていただいた浪花千栄子さんの資料が少なく、書籍自体は1~2冊。NHKさんが集めてくださった雑誌の対談から、浪花さんのイメージをインスパイアしました」

「そのあとは、史実かどうかにとらわれ過ぎずに、浪花さんというよりも、杉咲花さんが演じる竹井千代の脚本を書いたつもりです」

コロナ禍のなかで制作・放映された「おちょやん」は、幾多の困難を乗り越えて前向きに生きる千代への共感、そして父親のテルヲも反響を呼んだ。

「テルヲは、千代という女性の生きざまの推進力、反面教師で足かせでもある重要なキャラクターです。彼に対する世の中の風当たりは予想以上に厳しかったけれど、途中から急にやさしくなるのも違うと思って、僕のなかで噓のないように描きました」

決して良い父親ではなかったテルヲにも、八津氏の深い願いが込められている。

「このドラマでは、みんな何かしら間違っているし、傷ついているし、弱っている。それを笑い飛ばしながら生きていく」

「変に、きれいごとにはしたくないとそういう人たちでも、生きていかなくてはならない。そういう部分は、僕のなかにも多分にあります。だから、みんながもうちょっとだけやさしくなって、許し合える世の中になればいいなと」

そんな八津氏が、脚本家として常に心がけているのは、相手を全否定しないことだという。

「いろいろな現場で仕事をしていると、なかには無茶をいう人や怒りっぽいプロデューサーもいて、脚本を長年やっている立場からは、それはないだろう、それはおかしいと思うこともあるんです」

「でも、そこで『いや、それは』と否定せずに、『一回はやってみます』と伝えます。相手のいうとおりだと破綻する」

「だけど、破綻せずに何とかやれないかなと試行錯誤すると、思ってもみなかった『これ、おもしろい!』というものができたりするのです。無茶だと思ったのは、長年やってきて自分が凝り固まっている部分だと気づかされることもあります」

自分ひとりの力には限界があるから、人の意見をすぐに聞くし、人の力を借りることがあってもいい。それでも、自分が書く以上は、自分のフィルターをとおった作品になると語る八津氏。

心を揺さぶる数多くの名ドラマは、チームを大切にして、周りの意見をしなやかに取り入れる八津流コンテクスト(※)の作り方から生まれた。

※文脈、前後関係、事情、背景、状況などの意。

ビジネスでも、相手の無理解や困難な課題に直面することは数知れず。それらをどう受け止めて、どう乗り越えるのか。その積み重ねが、自分自身の人生という物語をブラッシュアップしているのかもしれない。


※掲載の情報は2021年10月1日現在のものとなります。