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創造的読書の楽しみ方 ~本から得る思索の力~

一見、実社会では役に立ちそうもない文学や哲学の本。
しかし、それらは読む人の感性を磨き、観察力、創造力の基盤になるのではないか。
「ものがたり」が生まれる「ものづくり」をテーマに創作活動を行うTakramの渡邉康太郎氏に、クリエイティビティを刺激する読書術をうかがった。

Text:Natsuko Sugawara,Kumiko Suzuki
Photograph:Masahiro Dozaki

渡邉 康太郎(わたなべ こうたろう)
コンテクストデザイナー/Takramディレクター

東京とロンドン、ニューヨーク、上海を拠点にするデザイン・イノベーション・ファームTakramにてサービスデザインから企業ブランディングまで幅広く取り組む。
主な仕事にISSEY MIYAKEの花と手紙のギフト「FLORIOGRAPHY」、一冊だけの書店「森岡書店」など。
著書に『CONTEXT DESIGN』(Takram)。J-WAVE「TAKRAM RADIO」のナビゲーター。慶應義塾大学SFC特別招聘教授。


◆世の中は数字で計れない
「ものがたり」を必要としている

世界を舞台に活躍するデザインエンジニアリング集団Takramディレクターの渡邉康太郎氏。
コンテクストデザインという独自の手法で企業のビジョン策定やブランディングを手がける一方、母校の慶應義塾大学で教鞭をとり、J–WAVEのラジオ番組ではナビゲーターを務めるなど多才ぶりを発揮している。
彼の膨大な知識と豊かな感性はどう形づくられたのだろうか。

「いろいろなことをやっているように見えるかもしれませんが自分の中では共通していて、幹から生える枝葉の形は変わっても根っこの部分は変わらない。幹はデザインで、根っこにあるのは自分自身の興味関心。
それは何かというと、一見役に立たないもの、例えば芸術文化や人文学への興味ですね」

ビジネスでは〝数字〞に重きを置く。売り上げやウェブのPV、作業効率も数字で評価され、数字が力を持つ世界。
しかし、よりよく生きるには数字の対をなすもの、数字では計れないものも必要ではないかと渡邉氏は考える。

「それが〝ものがたり〞なんですが、数字とものがたり、どちらも大事で、適切なバランスでふたつが両立するのが理想です。
数字に偏りがちな世の中にものがたりを少しだけ足す、というのが僕の役目だと思っていて、同時におもしろさを感じていることでもあります」

数字と対になるものがたりへの興味は、渡邉氏が無類の本好きであることと繋がる。
文学作品から社会科学、哲学、建築……と、本への好奇心は縦横無尽だ。

「読書の醍醐味のひとつは芋づる式に興味が繋がっていくこと。
音楽にはよくありますよね。ジャズベーシストのアルバムを聴いていたらヴォーカルがすごくよくて、今度はそのヴォーカリストのアルバムを探して聴いてみる。
ひとつの楽曲をきっかけにあれを聴いてみよう、これを聴いてみようとなるのが楽しい。本も同じです」

そう言って挙げてくれた本が文芸評論家・鴻巣友季子の『文学は予言する』(新潮社)。
この本の中で、著者はレベッカ・L・ウォルコウィッツの『生まれつき翻訳』(松籟社)を引き合いに出し、翻訳文学を論じている。
『生まれつき翻訳』とは、翻訳されることを見越して書かれた文体、作品のことなどを指すという。

「僕は言語に興味があるから、レベッカ・L・ウォルコウィッツの著書もすごく気になって読んでみる。
ほかにも〝複数の言語を扱う〞という主題で数珠繋ぎに読んだのが、ジュンパ・ラヒリの『べつの言葉で』(新潮社)です。この人はベンガル系のアメリカ移民二世で、英語で書いたデビュー作品はピュリツァー賞を受賞しています。ですが、今はローマへ移住して母語であるベンガル語も英語も捨て、驚くことにイタリア語でこのエッセイを綴っている。なぜ自由に使いこなせる英語で書かないのか。興味が湧きますよね」

こんなふうに一冊の本をきっかけに本から本へとジャンプし、知識を広げ思考を深める。まるで自由気ままに旅するかのような読書だ。もうひとつ、渡邉氏らしい本の楽しみ方がある。

「僕は一見結びつかないジャンルのもの同士を紐づけることが好きなんです。心に留まった文章を自分なりのキュレーションでメモに取ると、意外な本と本が結びついたりする。そんなふうに楽しんでいます」

どういうことかというと、まず「無駄の礼賛」と題したメモを作る。タイトルは渡邉氏が個人的に興味のある事柄だ。
メモには、例えば物理学者・寺田寅彦の『科学者とあたま』(平凡社)の中で見つけた言葉が記録される。

「足の速い人(頭のいい人)は一番に目的地に着ける。一方、足の遅い人(頭の悪い人)は時間はかかるが道端にある大切なものを発見できる、というような言葉がこの本には書かれています。
また、建築家の青木淳氏の『フラジャイル・コンセプト』(NTT出版)。コンセプトをあやふやなまま保ち、試作を繰り返しながら変容させていくという考え方。非効率的ではありますがデザインの本質を表しています。
これもメモに入れる。すると物理学と建築、異なる分野の本が『無駄の礼賛』で結びつくことになる」

さまざまな言葉や思考を本から拾い集めるうちに、自分だけのコンピレーションアルバムのようにメモが育っていく。渡邉氏が編み出した究極の読書術。そのメモは、使い道こそわからないが、あらゆる創造の源になるのだろう。


◆渡邉康太郎氏がすすめる
 今読んでおきたい本

最近読んだ本や今読んでいる本の中で、おすすめの書を渡邉氏に紹介してもらった。
いくつもの付箋が貼られているが、そこには心に響く珠玉の言葉があるのだろう。
渡邉氏の付した箇所がどこなのか、宝探しをするように読み進めてみてはいかがだろうか。

現代思想の雄が
ジャンルを超越してめぐらす思索

擬 MODOKI
「世」あるいは別様の可能性

[ 著者 ] 松岡正剛
[ 出版 ] 春秋社
[ 定価 ] 2,090円(税込)


「東浩紀さんの新刊『訂正可能性の哲学』(ゲンロン)のハンナ・アーレントに関する記述を読んでいて、ふと、この本で松岡正剛さんが主題に据えていたことと繋がると頭の中で結びつきました」(渡邉氏)

そして今読み返しているという渡邉氏。知の巨人と言われる著者が工学から遺伝生物学、歴史、古典、ポストモダンまであらゆる事象に論を展開する思索の書。深遠なテーマは再読することで理解が深まる。

小説から世界の「未来」を
鋭く読み解く

文学は予言する
[ 著者 ] 鴻巣友季子
[ 出版 ] 新潮社
[ 定価 ] 1,760円(税込)


渡邉氏が「芋づる式読書」に誘ってくれる絶好の本として挙げたのが本書。文学の力をとおして世界の未来を読み解く文芸案内。渡邉氏が特に惹かれたのは「他者」の章で登場する「生まれつき翻訳」という言葉だ。

「ボーン・デジタルという言葉がありますが、ボーン・トランスレーテッド、翻訳されることを予期して書かれた文章がある。これをきっかけに、ほかのさまざまな本を読み漁っています」(渡邉氏)

アメリカ育ちの著者が
イタリア語で綴るエッセイ

べつの言葉で
[ 著者 ] ジュンパ・ラヒリ/中嶋浩郎(訳)
[ 出版 ] 新潮社
[ 定価 ] 1,760円(税込)

『生まれつき翻訳』から端を発し、渡邉氏が辿り着いたのが、ジュンパ・ラヒリが母語ではないイタリア語で書いたこのエッセイ集。

「著者は『停電の夜に』という小説でピュリツァー賞を受賞するなど、英語で書いた作品で確固たるキャリアを築いている。なのにイタリアへ移住してイタリア語でしか書かないと宣言しました。それには複雑な言語的バックグラウンドを持つ著者ならではの理由があり、そこに興味をもっていろいろ調べているところです」(渡邉氏)


昭和初期に建てられ、東京都の歴史的建造物として指定されている鈴木ビル。
そのたたずまいに「一冊の本」同様、好奇心をかき立てられる人も多い。
©KANEKO MIYUKI

◆未来の本屋
 広がる読書のカタチ

読書の楽しみ方が進化するとともに、近年は本屋の在り方にも広がりをみせている。
読者の想像力をかき立て、探求心を満たす未来を見据えた本屋の魅力を紹介しよう。

本を介して著者と読者、
読者と読者が出会える場所

「一冊の本を売る本屋」がコンセプトの森岡書店。一週間に一冊だけ販売し、その間は一冊の本にまつわるイベントが催される。渡邉氏を含むTakramのチームがブランディングディレクションおよびアートディレクションを手がけた。

「例えば、谷川俊太郎さんが最新の詩集を発表したときには、本と一緒に谷川さんご本人がその場にいてくださったり。
僕自身も本を刊行したときは、一週間このお店に立ってサインをしたりお客様と言葉を交わしたりしました。そんなふうに未来の読者と触れ合えるのは率直にうれしいですね」

森岡書店の魅力は本を買うだけの場所ではないところにあると渡邉氏は言う。本屋の役割を超えて私たちに豊かな読書の世界を提供してくれる今までにない本屋。それは「一冊だけ」だからこそ、本の世界観がその場に立ちあがり、新たな読者を惹きつけるのではないだろうか。

「ある人にとっては森岡書店はギャラリーのようなものだったり、またある人にとっては自分と同じ興味をもつ人と出会える場所であったり。こんなふうに本屋の目的が少しずつずれていくのがおもしろいと思うんです」

活字離れが進む今、森岡書店のような「小さいけれどもこだわりのある本屋」の存在意義がよりいっそう増している。

店内にはただ一室だけ。
静謐な空間に、新旧問わず選ばれた「一冊」と、それにちなんだ展示物が飾られる。

森岡書店 Morioka Shoten
東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1F
[ 営業 ] 13:00~19:00
[ 定休 ] 月曜日


◆音声で楽しむ聴く読書
 Podcast

これからは「読む」だけではなく「聴く」コンテンツの時代。
音声で楽しむ「Podcast」で読書の世界を広げよう。

音声で聴く読書「Podcast」では、渡邉康太郎氏のラジオ番組「TAKRAM RADIO」のPodcast版や本誌に掲載されたインタビュー記事の全編が聴ける「THIS IS US Powered by SAISON CARD」など、多種多様なコンテンツが楽しめる。
新たなスタイルの読書で新時代の感性を身につけたい。

※インタビューの情報は2023年11月1日現在のものとなります。


◆〈番外編〉
 今すぐできる想像力の鍛え方

アイデアとクリエイティビティの塊のような渡邉さんですが、ご本人はいたって謙虚。

「割とイマジネーションの力が弱くて、想像するのが下手なんです」

とおっしゃいます。そんな渡邉さんに「想像力の鍛え方」を聞くと、こんな答えが返ってきました。

「自分に想像力があまりないから、どちらかというと自分自身ではなく他人が何を考えているかに興味があるんですよね。
例えば、ミーティングで誰かが僕と違うアイデアを出したり、違う表現方法を使ったりしたとき、このアイデアや表現にどうやって辿り着いたんだろうと考えます。
自分が同じようなアイデアを出したり同じように話したりするために必要な材料って何なんだろうと。自分だったら……と置き換えて考えてみるんです」

電車に乗って吊り広告を見たときも同じようなことをするのだとか。

「この商品を売りたいと思ったときに、自分だったらどうするだろう。この広告表現に同じように辿り着くにはどんなことをすればいいだろう」

と電車に揺られながら妄想するそう。

「それで、もしかしたらこんな人に話を聞いたのかもしれないとか、こんなリサーチをしたのかもしれないとか、自分なりに想像して『よし、次回この方法を試してみよう』となることもあります。実際に相手に『こうやって思いついたんですか?』と聞いてみるのも有効です。
たいてい僕が考えていたこととは違いますから。
でも、それはそれでOKで、その人からの正解も受け取れるし、自分が考えた別の仮説も手に入る。二重に得するわけです」

人との双方向のコミュニケーションや会話。意外と身近で日常的なことで、想像力を鍛えることができるのかもしれません。


❖このインタビューを音声でCHECK!
 Podcast「THIS IS US Powered by SAISON CARD」

『SAISON PLATINUM AMERICAN EXPRESS CARD NEWS』との連動プログラム、「THIS IS US Powered by SAISON CARD」。
このポッドキャストでは、様々なフィールドの第一線で活躍する、エキスパートをお招きして、その世界の魅力について、たっぷり、お話を伺っていきます。

渡邉康太郎さんのインタビューは、下記をタップ!


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